パリで勃発した《イスラム国》のテロ。
卑劣、残虐、非道、悪辣、卑怯、暴虐、悪逆、愚劣、冷酷、冷血、狂気、鬼畜。如何なる表現を用いたとしても、彼らの所業の罪悪をしっかりと表現することは出来ない。
百数十名の命を一瞬にして奪い。
得意顔になっている、世界最低の人間達。
産まれる権利。
生きる権利。
愛する権利。
学ぶ権利。
私達は、いろいろな権利を持っている。
そして、さまざまに責任も持っている。
その最たるものが、生命の尊厳を堅持することではないだろうか。
生命を大切にすることから、すべての発想は始まる。
その観点から見れば、テロなどというものは、論外中の論外だ。
彼らには、革命などという言葉を使う資格などない。
資金を調達するために、罪のない人達を誘拐して金を取る。
交渉が決裂すれば、人質は無残な方法で殺す。
それを、公開する。
子供達を売買し、資金増やす。
侵略した街々で女性を犯す。
悪魔の所業を『神の思召し』だとほざく。
すべての生きとし生けるものに無限の愛と慈しみを与えるのが『神』の存在意義だろう。
彼ら、いや、テメェ等が『神』の神託を受けたつもりでいることが、テメェ等の馬鹿者の証明だ。
間違いなく言えることは、テメェ等に殺された人達は
確実にテメェ等より、生きて行くべき人達だった。
テメェ等より、生きて行くべき使命があった。
テメェ等より、生きていて、世界のためになった。
テメェ等を語り、思うことがもっともくだらないと思うから、止めよう。
汚い言葉を使い、不愉快な文を書いたことを、いつも読んで下さっている皆さん、今初めて読んでくれた方、申し訳ありません。
頭を冷やしてやり直します。
でも、一言だけ最後に言わせて下さい。
無関係な市民を《無差別》に殺戮した先に待つもの理想社会などではない。
多くの人々の拭うことの出来ない、悲しみと怒りと怨み以外にはない。
不愉快なBlogだったことをお許し下さい。