巨人軍の選手三名が、賭博で解雇。
アナログのストップウォッチで競争していた私の高校時代とは違い、当り前に100分の1秒の世界で競い合う現代。
世界的なレベルでとなれば、選手、コーチそれを取り巻く関係者達にのしかかるプレッシャーは、私などには想像すら出来ない熾烈なものだと思います。
私達は、特殊な能力を持つ人間意外、5秒と6秒の違いを感じることは出来ないと思います。
ましてや、0.01秒と、0.02秒の違いなど言わずもがなのことではないでしょか。
このように体感出来ないような時間の競い合いを繰り返す中で、悪魔の囁きが聞こえてくるのでしょうか。
野球は、国技と言えるほど日本には普及しています。
近年では、サッカーや、フィギュアスケート、テニスなど、子供達が夢をかけるスポーツも多様化してきています。
それでも、野球は人気のスポーツに変わりはありません。
プロ野球選手は、野球に夢をかける少年達にとって、夢の頂きの存在です。
一流という冠をその頭に載せている選手やチーム、それに関わる人達は、競技者として成長する時、競技者を育成する時、身体能力やその競技の技術だけを身につけるのではなく、矜持やプライドの育成も不可欠ではないでしょうか。
言ってみれば、心の育成だと思うのです。
仏教では、『他化自在天』という存在を説いています。
『他化自在天』は『第六天魔王』とも呼ばれますが、この教えの本来の意味は、私達の心の中に潜む自分自身に対しての甘さや、自分の犯す罪を正当化してしまう心のはたらきを指しているそうです。
まあ聞きかじりの為、間違っている処もあると思いますが。
例えば、勝ちたいという強い思いで、苦しいトレーニングに耐えて高みを目指す人達の心に、ふと忍び寄る《これだけ練習しているのだから、それが報われなかったら何にもならない。別に人に迷惑をかけることじゃない。》悪魔の囁き。
そうやって、自分の心の弱さを自分自身が正当化してしまう。
今回のプロ野球選手達も、特権意識の中で、何か大事なものを忘れてしまったのでしょうか。
少しの甘えが、自分自身の必死な努力で築きあげたものを一瞬にして無にしてしまう。
取返すことも出来ない。
汗と泥にまみれて、苦しい練習を終えた帰り道、空を燃え上がらせながら沈んでゆく夕陽の荘厳さに立ち尽くしながら、誓ったことを、願ったことを、その時の清廉な我が心を思い出して欲しい。
いつか必ず、甲子園のマウンドに立つんだ。
いつの日か、プロ野球の選手になるんだ。
いつか、絶対に巨人軍のユニホームを着るんだ。
そんな気持ちでま眺めた夕陽。
君は、その夢を掴み取り、栄光を手にすることが出来た。
世界のアスリートの頂点立つことを夢見たあなたは、その思いどおり夢を実現した。
すべてを犠牲にして目指した夢の頂きへ、確かにあなたは立った。
その時の思いには一点に曇りもなかったはず。
あなた達は、いつの頃からか、多くの誘惑にさらされて、やがてその誘惑に跪いた。
あなた達は心を失った。
二度とその場所にあなた方が、戻れることはない。
アスリートとして、あなた方が戻れるところはもうない。
けれど、人生ではやり直しが何度でも出来る。
挫折したからこそ、見えてくるものだってある。
新たな、出発をするために、挫折の海に船出する。
第二の人生を送ろうとするあなたへ伝へたいことがあります。
それは、『夢を諦めない』ことです。
『もう、終わった』などと思わないことです。
世間や、司法の裁きがあなたの前に立ちはだかり、身にまとった全ての煌びやかな鎧を剥ぎ取られるでしょう。
社会から弾き出されて、忘れ去られる。
でも、あなたの人生が終わるわけではないのです。
人生の舞台は変わっても、あなたの新たらしいドラマは幕を開けるのです。
謝罪や反省だけで、赦される訳ではないのです。
次の人生のドラマを懸命に生きてこそ、あなたの贖罪は完結するのですから。
さあ、顔を上げて!
本当の勇気をみせるために。