Blog感想文 | 高田龍の《夢の途中》

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。

彼女のBlogを読んだ夜。
私の頬には、いく線も涙がつたいました。

私が初めて彼女に会ったのは、今から十五年ほど前のことでしょうか。

彼女はまだ十八歳で、直ぐに誕生日がくると言っていたことを憶えています。

なぜ、そんなことを憶えているのかというと、その理由は、彼女の誕生日が私と同じだったからです。
 
ダブダブのジャージの上下にキティちゃんのサンダルをつっかけ、ショートの髪はプラチナブロンドに染められていて、大柄の彼女は、化粧っ気もなくて現在からは想像も出来ないような風貌でした。

その彼女と、これほど長い付き合いが始まるなどとは、その時は思ってもいませんでした。

人生は、予測の出来ないことの連続なのだとつくづく思います。

彼女は、つい最近のBlogに過去に書いたものを載せています。

この日のBlogタイトルは《負けてたまるか。》

これを読んでくれている方で、まだご覧になってない方は、ぜひ読んでみて下さい。


過去のBlogには2007年10月27日23:34とあります。
秋も深まった深夜、二五歳の彼女はどんな思いでこれを書いたのでしょう。

摂食障害に苦しみながら、独り何を夢見ていたのでしょうか。

話題にしているイメージビデオ《シンメトリー》は痩せ細った彼女の裸身を余すところなく撮っています。

元気だった頃の健康美に溢れた彼女はこのビデオにはいません。

いつもの様にカメラに向ける彼女の笑顔に変化はありませんが、それが余計に痛々しさを増します。

そして、東シナ海に沈もうとする夕陽を見つめる彼女の顔がアップになります。

瞬きもせずに夕陽を見つめる映像に彼女の思いがスーパーで流れ、まったく表情を変えない彼女のつぶらな瞳が少しずつ潤んできます。

このシーンの撮影の事を、私はこれからも忘れないでしょう。

きっと、忘れません。

いや、忘れてはいけないのです。

撮影後も、心を病んだ彼女の壮絶な戦いは人知れず続いたことでしょう。

それでもこの日は、彼女が自分の宿命との反転攻勢の戦いを始めた日だからです。

忘れてはいけないのです。

この作品を企画し、製作してくれた会社の社長の勇気と決断に私も彼女も、生涯感謝を忘れません。

彼は今も、彼女と私の近くにいます。

そして、彼女の頼りがいのある仲間のひとりであり続けています。

あの頃と同じ様に。

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彼女のBlogには、誰かのためになりたいという表現がよく出てきます。

それは、彼女が心の健康を取り戻すまでの間に出会った善意の人達への感謝なのかも知れません。

人との関わりを煩わしいと言う人がいます。

自分本位の生き方を通し、結果として周囲の人々に迷惑をかけ不愉快にさせる人もいます。

悲劇なことは、そういう人達は自分がどれほど人との関わりで助けられ、守られているかを知りません。

悲劇なことは、自分勝手に生きていることも他人に大きな迷惑を強いていることにも気が付いていない。

自分の都合で他人の懐へ入り込み、自分の都合で他人を無視する。

彼女は、その対角線上に生きています。

彼女は、人に幸せな出来事が有ったのを知ると我が事のように歓び、涙します。

彼女は、苦悩の時間を潜り抜けて来る間に本当に幸せなことが何かを、本当に不幸なことは何かを知りつくしたのかもしれません。

彼女が、さらに有名な立場になるかどうかは私には判りません。

けれど、どんな立場になろうとも彼女が心豊かに幸せな人生を生き切ることだけは確かだと思います。

『不知恩』という言葉が仏教の教えの中にあると聞きます。

『恩知らず』のことです。

人間としてもっとも恥ずべきことだと説かれています。

人間が忘れてしまいがちな『恩』を知ることを彼女は大切にしているからです。

彼女の心の奥を、多くの人に知ってもらいたいと思います。
その努力をしなくてはと思います。

それが、彼女への私の恩返しだと思うから。