休暇 | 高田龍の《夢の途中》

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。

黄金週間が始まる?

GWのことだ。

一足先に撮影の仕事で群馬県の山奥に。

温泉のある観光地。
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充てがわれた部屋からの景色がこれです。

ベランダには露天風呂があり、撮影に忙しく動き回るスタッフの方々をよそに、朝から景色を眺めながらの入浴三昧。

極楽、極楽。

しばし、都会の喧騒も忘れる。

そんな処にも、世の中の出来事は届いて来る。

辛く、不愉快な事件が続いている。

そのひとつに、18歳の娘さんが生きたまま埋められたという、なんともやり切れない事件がある。

数名の加害者にも未成年者がいる。

主犯の女は、被害者と同い年だという。

メディアには名前も顔も晒されない。

少年法というバリアの中で守られている。

~まあ、ネットの世界では垂れ流しなのかもしれないが。~

その一方で、被害者の女性の名前も顔もテレビには映し出されている。

身内には世間に知られたくもないであろうエピソードが日毎に炙り出されている。

加害者と同じ未成年者なのにである。

彼女の父親は、彼女の母親は、どんな気持ちでいるのだろうかと思うと胸が痛い。

手塩にかけて育てた我が子の成長を楽しみにしていた筈だ。

歳を重ねる中で、心配なこともあったかも知れないが、それを差し引いたとしても余りあるほど娘は可愛いかった筈だ。

~産み落とされて乳を飲むこと一百八十余石、三年が       
   間は父母の膝に遊び~と古の人は説いた。

現行の少年法の是非をとやかく言うつもりではないが、やはり首を傾げてしまう。


新緑から濃い緑に、夏へ向かい森は色を変えていく。

少女は、今年の夏を見ることは出来ない。