映画『キツツキと雨』鑑賞記 | 高田龍の《夢の途中》

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。

{31DD4D78-E726-42B6-9E1F-A288C2ED81A0:01}



我家近くの桜並木。

木の根元に咲く桜。

頑張れ~って言いたくなる。

4月2日の朝早く、私の姉が逝った。

七十一年の生涯だった。

八歳の歳の差から、幼い頃はいろいろと面倒を見てもらっていた姉。

私に記憶はないが、オムツも替えてもらっていたらしい。

八歳の少女が半べそをかきながら、赤ん坊の世話をしている様子が、浮かぶ。

六歳上の兄と二人で泣き止まぬ私を、子守唄を歌ってあやしながら、二人で泣いていたこともあったらしい。

八歳と六歳の幼い兄妹が、泣き止まぬ赤ん坊の私に手こずる姿が微笑ましい。


その兄も、直ぐに七十歳を迎える。

いつまでも元気でいて欲しい。


ここ数年、身近な人の葬儀が続く。

私の順番はいつ来るのだろうか。

歳をとったということなのか、昔を思い出すことが多くなった。

今朝方も、録画していた『キツツキと雨』という映画をみていた時、あるシーンのところで忘れていた若い頃の出来事を思い出した。

『キツツキと雨』は山奥の村に撮影に来た若い駆け出しの映画監督と地元の林業に携わる男が出会い、撮影が進行して行くうちに、まったく別世界で生きる自信を持てない映画監督と林業一筋に生きて来た男が次第に心を通わせるという物語だ。

主人公の林業の男を役所広司、若い映画監督を小栗旬が演じ、脇を芸達者な俳優が固めている。

男の仲間の一人が伊武雅刀。

男の兄妹の役は、りりぃ。

俳優役で 平田満。

撮影カメラマンは 嶋田久作。

大物俳優役が 山崎努。
村の人達がエキストラで撮影に協力することになるのだが、その中の一人に『トリック』で仲間由紀恵演じる山田なお子が住むアパートの大家役で、いい味を出している女優さん《失礼、この女優さんの名前を私は知りません》。

期待もしなかったが暖かい気持ちになれた、いい映画だった。

後半部分で、大物俳優の出演部分を撮り終えた監督が、その大物俳優から村のスナックに呼び出されるシーンがある。

気弱な新米監督は、ダメ出しをくりかえしたことを叱られるのかとビクビクしながらやって来るが、山崎努扮する大物俳優は、意外にも彼の監督ぶりを褒め、『また呼んでくれ』と言い、握手の手を差し伸べる。

思いもかけなかった大物俳優の言葉に、小栗旬演じる新米監督は、それまで溜まっていた物が堰を切ったように溢れて泣き崩れてしまう。

このシーンを観た私は、まだ二十五歳だった頃のある夜の出来事を思い出した。

場所は、塩原温泉のある旅館。

かなり規模の大きいイベントの舞台監督を手伝うことになった私。

イベントは無事に終了し、主要なスタッフの打ち上げが、その旅館で行われていた。

演出家、舞台監督、照明監督、振付師、主催者等々。

私の呼ばれる場所ではなかった。

それなのに、何故か私はそこに呼ばれた。

主催者のグループから私を評価する声があがる。

『こいつは、掘り出しもんだった。』
『この子を抜擢したのは私だ』
『見つけたのは俺だぞ!』
皆さん大仕事を終えた開放感に酒の力もあってか賑やかだった。
その様子をニコニコしながら見ている白髪の紳士がいた。
上座に座り、優しい視線を私に向けるその人がどんな人物なのかを私は知らなかった。

私も酒を頂き、愉しい時間は夜更けまで続いた。
そろそろ宴も終了となった時、白髪の紳士が私に声をかけてきた。

『ウチに来るかい。』

一瞬、言葉の意味が理解できなかった。

周囲の人たちの驚く様子が伝わってくる。

女性スタッフの一人が、私に耳うちしてきた。

『あなたは、先生のことご存知ないの?あの方はね、日本の舞踊演出家の最高峰と云える方よ、そして今まで自分から弟子をとったことのない方ですよ。あなたは幸せ者ね、私達はみんな先生のところに勝手に押しかけた弟子ばかり。羨ましいわよ。

名前を教えられても聞いたことがなく、ピンとこなかった。

気がつくと、白髪の紳士の弟子と思われる人たちの眼つきが嫉妬と羨望の眼差しに変わっていた。

二十五歳の私は、その時すでに小さな会社を経営していた。

わずかながら従業員も居る。

舞台演出には、興味はあるものの、そう簡単に全てを捨てて、という訳にはいかない。

私は、丁重に誘いを断り、その場をあとにした。

後ろ髪を引かれる思いだったことは言うまでもない。

座敷の襖を閉めようとしたとき、大演出家と視線が合った。

優しく、暖かい、権威などとは無縁の眼差しだった。

帰りの車の中で、訳もなく涙が溢れた。

思えば六歳の時に、撮影所のセットの中で汗だくのスタッフの姿を見てから、心ひそかに映画監督を志していた私は、成長するほどにその世界から遠ざかっていた。

それを、いつしか私は心の奥底にしまい込んだ。

それが、一気に噴き出したのかもしれない。

いや、そうだ。

小栗旬と山崎努のシーンは、四十年の時の彼方に眠っていた記憶を呼び覚ました。

泣き崩れる小栗旬の姿に、あの日の自分を重ねて私は泣いた。

歳のせいか、涙脆くて困る。

いや、涙脆いのは私の周囲では若い時から有名だった。

今に始まったことではない。

映画『キツツキと雨』。

観終わった後、心が清涼感に包まれる秀作だった。



間もなく、姉の通夜がはじまる。
                                                       合掌。