私も好きな曲だった。
歌い手の歌唱力の為もあり、この歌の詞の情景が脳裏に拡がってくることがよくあった。
こんなに長く生きているので、私自身の歌のベストテンを作れば、間違いなく上位にランクされる。
というか、する。
自分の思いも手伝って、この歌のことで、歌手と作詞家が争うことが、とても残念だった。
今は、同じ歌の別の問題が訴訟の対象になっているようだが、きっかけは、バラエテイ番組の中でこの歌の替え歌をこの歌手が、オリジナルと同じ様に感情豊かに唄ったことが発端らしい。
私も、その番組を観ていたので、トラブルの報道を知った時には、直ぐ替え歌の内容を思い出した。
正直、その替え歌は秀逸だった。
特に歌詞の内容は、抱腹絶倒と言えば少し大袈裟かもしれないが、かなりのものだった。
大ヒットした歌で、経済的に豊かになり、高価なマンションを購入したが、バブルが弾けて7000万円の物件を手放した時には2000万円。
カラオケで多くの人に唄われていても、歌手に印税は来ない。
大体、このような内容だった。
これを、 歌手本人が真剣に唄う。
インパクトは強烈だった。
爆笑しながら、その番組を観ていた私は、二つのことを思い浮かべた。
ひとつは歌手について、この人腹括ってるなあと。
『失うものは無い』という言葉で、覚悟の思いを伝えることが、人には有るが、彼女の歌手人生の中で間違いなく、代表曲のはず。
私は、彼女の他の持ち歌《当然有るわけだが》を知らない。
間違いなく、彼女の大切この上ない曲だろう。
それを、よくぞここまで自虐ネタの笑いにしてしまったものだ。
もうひとつは、これ大丈夫なのかなあ、だった。
しかし、全国ネットで放映されるのだから、私などが心配することではなく、用意万端ぬかりはないだろうと思い直したものだった。
それから半年くらい後になって、この出来事が、ワイドショーを賑わす様になり、遂には法廷闘争へ。
残念だなあというのが、率直な気持ちだ。
二人だけの問題ではないのだろうが、曲が出来上がり、歌手として作詞家として喜び合ったことを思い出しては貰えないだろうか。
あの歌に、自分の体験や、人生を重ねた多くのファンがいるのだから。
とは、いうものの日本は、肖像権、著作権をはじめとして、いわゆる知的財産権に対する意識が低いのは事実だと思う。
それを、扱うことが最も多い最前線にいるはずのメディア自体が、まだまだ意識の低さを感じる。
私は、過去に、レッスル夢ファクトリーという団体名と、ロゴマークを作製した。
団体名に込めたコンセプトも、当然有る。
直訳すれば、『格闘夢工場』だが、レッスルの持つ意味の中に、困難に向かって挑戦するとの意があると知り、挫折を経験した選手達がそれぞれの夢を再生する工場の様な団体を目指すことが、その大意だった。
旗揚げ当時から集った連中は、知っている。
忘れてなければの話だが。
私は、夢ファクトリーが消滅してから何年も過ぎて団体名とロゴマークを商標登録した。
真剣に夢を追い続ける事は、現実との凄まじまい戦いだ。
ファンに囲まれたリングの上で、マイクを掴んで夢を叫ぶことではない。
商標登録は、私の夢を追う戦いの数少ない戦友に敬意を表してのことだった。
レッスル夢ファクトリーを名乗る資格が私以外に居るとすれば、その戦友達だけだ。
二年ほど前に、どこかの団体だかユニットが、『レッスル夢ファクトリー』を『ファッキン夢ファクトリー』ともじったロゴマークのグッズを作っていたのを聞いたことがある。
この替え歌問題の作詞家の心は、こういう人達には生涯解らないだろう。
あの『夢』の文字を筆でと決めたとき、熊谷の道場で、夜の更けるまで、何度も何度も、紙に書き続けたことも懐かしい。
産みの親、創立者、そういう立場の人間に敬意を表せない者に、いくら形を真似ても、精神は受け継ぐことは出来ない。
形のない、大事で大切なもののある事を忘れない人間であり続けたいと思う。
