ウルフ | 高田龍の《夢の途中》

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。

私が代表を務めた、レッスル夢ファクトリーのコンセプトには、《一見してレスラーと判る体躯を有する事。》というものがあった。
そして《いったん、メジャー団体の選手と対戦した場合は、勝敗は別として対応出来る体力と技術を有する事》というものもあった。
私は、選手達に猛練習を課しました。
脱落者も居ましたが、だいたいはみんな頑張ってくれました。
glicoのオマケみたいだとある方に揶揄されたコスモ・ソルジャーの中身の青年や、三浦博文は、瞬く間に見違えるような身体に成りました。

残念なことに、やはり道場に毎日来られるメンバーと土日を利用して道場に練習に来るメンバーとの環境面の有利不利は有りました。

選手達には、道場組と通い組、という隔たりはなかったとは思います。
皆、仲良くやっていた筈です。

恵まれない環境の中で頭角を現した通い組はもちろんいました。

その筆頭と言えばやはり、『怨霊』でしょう。
そして遅れてデビューした二代目の『ウルフ』。


これが、『ウルフ』です。

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レッスル夢ファクトリーの旗揚げ戦の熊谷市民体育館の入場式で、ステージからフロアに落っこってしまった初代に変わり、登場した二代目。

小さな身体。
まったく強さを感じられない雰囲気。

リングに上がり、『ウォーッ』とアピールしても観客席からは失笑が。

登場から、引退まで彼は勝利したことがあったのだろうか?
『ウルフ』が勝利したという記憶は私にはない。

どうしても、彼の動きはユーモラスになってしまう。

しかし、人気はあった。

彼のファンクラブのような応援団もあったようだ。

『怨霊』と、人気を二分したとは言いませんが、彼の人気は相当なものでした。

彼は、レッスル夢ファクトリー史上只一人、引退興行を行なったレスラーでした。

東京に都市機能がマヒするほど、雪の降った日でした。

一月、何日だったかは忘れました。
下北沢の小さな会場では有りましたが、確か満員になったと記憶してます。

いい興行でした。

今彼は、社会人として、一家の主として、子供にも恵まれ、幸せに暮らしているようです。

盆暮の挨拶を欠かされたことは有りません。
社会常識をしっかり備えた真面目な男です。

そんな彼が『ウルフ』というキャラを真面目に取り組めば取組むほどユーモラスで、笑いを呼んだのは夢ファクトリーにとってマイナスにはなりませんでした。

今も、真面目にアマチュアレスリングのシニアで試合に出ているようです。
私としては怪我をしない事を祈るばかりですが。

『ウルフ』。
レッスル夢ファクトリーの歴史を語る時、けして外すことの出来ない選手の一人です。

『ウルフ』。
夢ファクファンに愛された選手です。