悲しみの後始末 | 高田龍の《夢の途中》

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。

   私は知らなかった。
彼の行動を批難する人達がネット上に溢れていることを。
そして、それらの意見の内容の概ねを知った。

人にはそれぞれ、考えがある。

しかし、戦火のもとで亡くなられた多くの無力な人々や、今この時も銃火の下で死の恐怖に晒されている子供達のことを世界に知らせ、一日も早くその子供達や婦女子、一般の非力な人々を救いたいという強い思いで、戦火燃え盛る地域に平和をと懇願して中東の地に向かった彼を、まるで台風の中で遊泳禁止が通達されている海に、無謀にも泳ぎに行った人と同列に扱うのはおかしいのではないだろうか。

彼は、気象状況の最悪な冬山に装備も不充分に登山した訳でもない。

おそらく、私などとは天地の差があるであろう中東情勢に対する豊富な知識を持ち、かなりの回数の現地取材の経験もしている。

日本人の中で、もっとも中東情勢をよく知る人物の一人ではなかったろうか。
ネット上で彼の行動を批難している人達よりもはるかに熟知していたはずである。

その彼が、テロリスト達に捕らえられる直前のメッセージで、全ては自分の責任だと話している。

それが、全てではないだろうか。

私は、あれが彼の決意であり、覚悟であり、遺書だと捉えた。

その後、捕らわれの身の彼は日本政府に自身とテロリストの囚人を交換することによって救出して欲しいとの音声メッセージを出した。

しかし、それは彼の意思というよりも、強制されたものだと容易に想像がつく。

命の危機に直面した時には、誰人も慄くのではないだろか。
少なくても私はそうだ。

仮に、彼がこのメッセージに一欠片の希望を持ったとして誰がそれを卑怯未練と責められるだろうか。

迫り来る死への恐怖に押し潰されそうになりながら、それを振りはらい、自身の矜持を全うしようとする彼の極限での葛藤を思うと胸が苦しい。

さらに、取材活動の中で知己を得た湯川氏を救出すべく現地へ向かったと知るに至って、私は驚愕とともに感動すら覚えた。

これさえも批判の人達は、薄っぺらいヒューマニズムだとか、自己満足だとか、売名行為だ、などと言うのだろうか。

重ねて言うが、彼は無謀にもコンプライアンスを無視して海や山に行ってしまった人達と同列ではない。

利他の行為を嗤うばかりか、その為に被る金銭的損出を語り、我賢しを決め込む人達は、もしあなた方の親が、妻が、恋人が、友人が、子が、同じような危機に晒された時に同じようなことが言えるのだろうか。

さらに、もう一歩踏み込んで、あなた自身が大いなる危機に直面した時、どうだろうか。

世界の人達が彼の死を悼み、涙し、声をあげていることに救われる思いである。

皆さんも、同じ国に生まれ育った人間として、口元を歪めず、彼の鎮魂のための祈りと、彼の遺志を考えてみてはくれないだろうか。