そうなんだ。 | 高田龍の《夢の途中》

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。

2月6日はブログの日♪今日はブログを書こう!ブログネタ:2月6日はブログの日♪今日はブログを書こう! 参加中
  今日は、ブログの日なんだ。
今初めて知った。
じゃあ書かなくちゃいけない。
書くのなら、楽しい、心暖まるものにしよう。

と、思ってみても。

最近の世間を見渡しても、心が苦しくなることのなんと多いことか。

その筆頭はなんと言っても、中東地域の残虐極まりない鬼畜集団に関する事だと思う。

暴挙、非道、残虐、極悪。

如何なる言葉を使おうとも、彼らの行為を適切に表現出来るものなど無い。

世界中の人々が異口同音に唱える『平和』

それぞれが、それぞれの分野で平和貢献の為に行動し
、小さな石を我慢強く積み上げる労作業。
崩れてはまた、崩れてはまたと積み上げる涙ぐましい努力。

尊い蝸牛の歩み。

何年も、何十年も、何世代にもわたる血の滲む様な歩み。

それを、一発の銃弾が木っ端微塵にしてしまう。

それを、狂気の刃がズタズタに斬り刻んでしまう。

『建設は死闘、破壊は一瞬』なのだ。

もっとも許し難いことは、悪魔の輩達が『神』の名のもとに悪行を繰り返すことだ。

それに続いて哀しいことは、日本人の中に犠牲となった人へ辛辣で無慈悲な言葉を投げつける人達がいることだ。

反面、その遺志を継いで行こうとする多くの人もいる。

諦めてはいけない。

屈伏してはならない。

歩みを止めてはならない。

どちらが正しいのか、初めから答えは出ている。

あまりにも非力な私達ではあるけれど、ともに進む人達の陣列がいかに乱れようと、誰かがそこを去ろうとも、『平和』というゴールまで、正義の怒りの火を消してはならない。

かつて、人種差別に苦しむ多くの人々は、たった一人立ち上がった無名の婦人の行動から、あのワシントン大行進を実現し、やがて国を動かし自分達の正当な権利を掴みとった。

歴史を振り返れば、名も無き民衆が、狂気の権力を打ち破った事実は多い。

悪は、正義を根絶する事は、絶対に出来ない。

何よりの証明は、首を斬り落とされた無残な姿で土漠の地に投げ出された彼を誰が敗者と言えるだろうか。

殺害という暴挙は、彼の肉体を滅ぼすことは出来ても彼の精神には、爪を立てることさえ出来はしなかった。

世界中に彼の死を嘆き、怒り、立ち上がろとしている人達がいる。

日を追うごとに、この流れは強まりうねりは増す。

彼の土漠に染み込んだ血は、やがて渓流となり、渓流は大河となり、『平和』という大海へ流れ込んでいくことは間違いない。

そして、あなたの生涯を知った世界中の子供達が必ずあなたの精神の後継者になるはずだ。

あなたは、敗けたのではない。

あなたは、永遠に平和の戦士として世界中の庶民から称賛される。

あなたは、勝った。

ここからは私達があなたの勇気の行動を忘れない社会を創ることだ。

匿名をいいことに、吐気のする書込みなど、歯牙にもかける必要はない。

彼の行動を『蛮勇』などと吐き捨てた政府の人間がいる。
ならば言おう。こんな人間こそが、平和の妨げだ。

『生命』にまさるものはない。
その『生命』を的にして戦った人を、軽々に論ずることは許されない。

これからも狂気の暴挙は続くだろう。

しかし、彼らに勝利など有り得ない。

彼らが云う『神』がいるのなら、天罰が下るはずだ。

私にはなんの力も無い。

それでも、善悪の見極めくらい出来る。

あなたの死を嘆き悲しむことを止めて、自分に出来ることを捜そうと思う。


またこんな、書込みになってしまいました。
お許し下さい。


2月6日はブログの日♪今日はブログを書こう!
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