捕まったんですね。の続き | 高田龍の《夢の途中》

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。

何故、私がそうは思わないのかについて書こうと思う。

まだ未成年の容疑者、仮に『自演王子』とでもいいましょうか。

彼には~彼の言っている事をすべて真実とするならば~事を興す覚悟が希薄なばかりか、捕まった後で罪を軽くしよう、あわよくば免れようと云うズルさと小心さが見えるからだ。

結果としては、自作自演だったために、直接身体に被害を被った人間が居なかった事は幸いしたのだが、警察を振り回したことを始め、間接的な被害は本人の想像をはるかに超えているはずである。
さらに、罪状もそれに比例しているだろう。

少年法の改正などという大義名分は、もともととってつけたようなものであろうが、ネット上での書き込みだけで済ませていれば、彼らの範疇だったかもしれないようなことが、身の程知らずにも実社会にはみ出してしまった悪趣味な行動は、照れ笑いの謝罪では済まされないものになってしまった。

冗談ですも、本気じゃなかったも、もう通用しない。

嘘でも、大義名分を掲げた以上は、すべてが作り物だったは通用しない。

このふざけた『自演王子』を許す心の広さを私は持ち合わせていない。