もしかして・・・ | 高田龍の《夢の途中》

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。

あの、もしかてなんですが、池上彰氏が
朝日新聞の連載中のエッセイが打ち切りだと云う話、なんでも慰安婦問題での朝日新聞の報道記事や、一連のスタンスを批判した内容で、これを朝日新聞側が掲載出来ないとし、これを受けて池上彰氏が信頼関係が持てなくなったと云う事でエッセイの打ち切りを申し出たとか。
???私の勘違いかなあとも思いますが、たしか、以前テレビの番組で、日本軍による慰安婦の強制連行や、虐待だの歴史的事実として批判してたのは、池上彰氏だったと思いますが、違いますか?

私は、戦時中満州にいた九十五歳になる母から、慰安婦問題がメディアを賑わす以前に、当時の慰安婦の暮らしぶりを直接見ていた人間ならではの話を聞いていたので、一連の報道には、疑問を持っていたが、日本中の世論が次第に日本悪しに傾いて行くのを忸怩たる思いで傍観していた。

敗戦国であるとはいえ、やったことも、やらなかったことも、何でもかんでも、日本が悪いは無いだろう。

日本人の言論人が日本を擁護しなくては、多くの英霊は浮かばれまい。

自己批判は潔く映る。
しかし、過去の日本人を批判する人達は、自らと過去の日本人とを別物に見ている。

だから、何でもかんでも悪かったなどと簡単に言える。

世界が何を誤解しても、私達は、私達だけは、あの戦争で死んで行った多くの人々の命の礎の上に私達の繁栄が有り、その人々が私達に託した思いを忘れてはならないと思う。

我が母の言葉、『軍の指示で、毎月病院に来る人達に出くわしたことが何度か有ったけど、みんな陽気で楽しそうだったよ。だって、親戚迄食うに困らなくなるほどお金が貰えたんだよ。』

嘘をつく必要などない私の母の言葉。