独身時代から併せると三十余年の講師生活である。
今の土地に住んでからでも十五年以上が経っている。
菜穂子の教室から巣立った生徒もかなりの人数に成っていた。
二月の初め、田村はそのピアノ教室のホームページの事で、ちょっとしたアイディアを思いつき、それを菜穂子に告げた。
菜穂子の反応は鈍く、彼は不審に思い、『どうしたの?』
『うん・・・』
『ホームページのことだから大事じゃない?』
『うん、ありがとう。でも先月末で閉じたの。』
『えっ』
田村は絶句した。
『そうなのよ、閉じたの。』
ざわつく胸の内を悟られないように、田村は 平静さを装い、尋ね返した。
『辞めるつもり?』
『そう、辞める。』
『何で?』
『やっぱり、少子化の所為もあるし、生徒の数も横ばい』
菜穂子の言葉を遮るように田村は話した。『横ばいでいいじゃないか?』
『でも、少しづつ減ってるし。これから増えることは無いと思うのね。趣味みたいなレベルでやりたく無いし・・・』
『じゃあ、その後のことは?悪いけど今の俺にはどうしようも無いよ。』
『ビンちゃんにどうかしてもらうつもりなんか無いわよ。』
田村は、菜穂子の思いは、すでに具体的なものに成っていてとても言い包められるレベルでは無いと悟った。
そう思った田村は、切り口を変えて、『なんでそんな大事なことを、俺に話さないんだよ。』
『話したじゃない、何度も言ったわ。』『いや、そんな風に出来たら、程度の話は聞いたよ、聞いた、確かに。でも具体的な事は何も言って無いじゃん。』
『ビンちゃんの方から、もう駄目だなって言ったじゃない。』
『一緒にここ出て、東京行こうって言ったよ。その後に、駄目だって言われたら別々に成るって思うしかないでしょ。』
平静は装っていたが、自分が、かなり狼狽していることに田村は気がついていた。
ここ一年ほどは、二人の意見は食い違うことも多く、その度に感情的に成る菜穂子に
彼も嫌気がさしていたが、この歳に成って離婚などとは考えてもいなかった。