2014のゴジラ | 高田龍の《夢の途中》

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。

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観てきましたよ。
ゴジラ。
結構斜に構えて、いくら巨額の制作費を投入したところで、東宝が本田豬四郎・円谷英二が産み出したものを超えるというのは難しいのではないか。
超えるどころか、追いつくことさえ出来ないのではないか。等々、俄か映画評論家よろしく映画館へ向かった。

そして、ゴジラは始まった。

熊谷駅隣接のビルの最上階に有る映画館に入ってみると、客は私達二人。
興行記録を世界中で塗り替えているとの騒がしい報道を見聞きしていた私は、『えーッ』。

上映前の案内やら注意の映像が流れはじめた頃、ぱらぱらとお客さんが。

やがて上映開始。

冒頭の部分、古いニュースフィルムとそれにそっくりな加工をした映像を混ぜた演出は、いい効果を出している。

ちょっと驚いたのは、まったくこの映画の予備知識がなかったので、ゴジラが出て来るとばかり思っていたシーンでデッカいタガメのお化けが出て来た時は驚いた。

昔、東宝特撮映画に、『大怪獣バラン』と云うムササビのデカい奴のようなのがいたが、空飛ぶ姿はそれに似ていた。

日本のゴジラは第二作目から、対戦相手との攻防が見せ場だった。

『アンギラス』に始まり、『モスラ』『キングコング』『キングギドラ』『メカゴジラ』そして水や大気汚染が国家的問題になった時代には『へドラ』が登場した。

『モスラ対ゴジラ』が封切られた頃、まだ小学生だった私は、もう無条件でワクワクドキドキしながら観たものだったが、成長すると共に、当然と言えば当然なのだが熱は冷めていった。

『ミニラ』が登場し、シャボン玉のような光線を発したり、ゴジラが闘っている最中に、大流行していた漫画の『おそ松くん』
に出て来るキャラクターのギャグ『シェー』を決めた時に、少年の私の中でゴジラは終わった。

1984年だったろうか、『ゴジラ』は大人の鑑賞にたえる進化を遂げて、スクリーンに帰って来た。

久しぶりにゴジラの雄姿を観た私だったが子供の頃ような高揚感は得られなかった。

その後も、ゴジラは新旧取り混ぜた敵と闘
い続けてきた。

映画館で観たものもあれば、ビデオやDVDで観たものもある。

賛否両論、喧しいらしいが、私は、ハリウッドからやって来たこのゴジラに大変満足している。

昔を懐かしむことは、長く生きた人間の特権である。

人の生きる道に、映画や音楽は絡みつくように、伴走者となってくれる。

それと同じように、今の時代にはそれに合った表現方法がある。

長く生きた者たちだけが、物差しを持っているのではない。

私達は、過去の有形無形の財産を次世代の若者達に手渡していかなくてはならないが、それを今に合ったアレンジをしたり、捨てたりするのは、彼等の役目なのだ。

寂しく思うことも有る。

ガッカリすることも有る。

彼等の未来を不安に思うことも多々有る。

それでいいのだ。

私達の親も、私達に寂しい思いをさせられ、
ガッカリし、不安な思いにかられたはずなのだ。

今の映画人が、今の時代に添ったゴジラを創った、それがあのゴジラなのだ。

若者達と一緒に、今のゴジラを楽しもうじゃないか。

そんな度量の大きさを見せる昭和男子で行きませんか。

ね、あなた。