梅雨入りかな? | 高田龍の《夢の途中》

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。




昨日とは打って変わっての空模様。
おまけに気温も昨日とはかなり低いようで外を歩くと風が肌に心地いい。
家の中では、少しだけ開いた窓の隙間から入り込んで来る外気のせいでエアコンを入れているのかと勘違いするほどに涼しい。

いよいよ、この辺りも梅雨になるのだろうか。

一昨日だったろうか、タイトルは忘れたが、世界の動物や昆虫の珍しい生態を紹介するバラエティ番組があった。

雑用をこなしながら、時折画面に目をやっていたのだが、ある魚の夫婦が自分達の卵が孵化するのを待つ間、協力しあって卵を守っている様子が紹介されていた。
バラエティ番組なのでナレーションも多少コミカルなものだったが、卵を狙って来る亀に向かって二人が《?》必死に亀に立ち向かう姿は、確かにユーモラスに見えないでは無かったが、二人の真剣さが画面から充分伝わってきて、私は笑えなかった。
それどころか、感動した。
自分の身体よりも大きく、手や脚を持つ亀に、噛み付いたり体当たりしながら卵を守ろうとする二人。
やがて亀は、二匹の《そうだ二匹って言えばいいんだ》勢いに押されて退散していった。

あたりまえのことだが、魚には道徳心を養うような学校はない。

人間には、その環境がある。

産んだ子を棄てる親がいる。

産んだ子を虐待する親がいる。

産んだ子を殺す親がいる。

何が理由で、猛暑の中、閉め切られた部屋の中で食糧はおろか、水さえ口に出来ず、力尽きる迄泣き叫び続けた子がいた。

非道な親を怨み憎むすべさえ知らぬまま、死んでいった子がいた。

母が、父が、どれほど我が子を愛していたかも理解しない歪んだ変質者の腐ったはけ口にされた子がいた。

人間が総ての生きる物の頂点に立つと胸を張って言えないような気がしてきた。
RyuTakata