生命の重さを認めた判決 | 高田龍の《夢の途中》

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。




大飯原発の運転差し止め訴訟の判決が福井地裁で・・・司法は、原発の再稼働を認めなかった。

今日、被告である関西電力は控訴している。
控訴したので、判決の確定はまた先延ばしにされる。
高裁での控訴審で判決が出る迄に2~3年はかかるような話を聞いた。
従って定期検査のために現在停止している大飯原発は、やがて運転再開となる。
往生際の悪さ、盗っ人猛々しい、などと薄っぺらなことを綴る気持ちは無いが、判決文を読んで見た。

そして、私は、爽快感に包まれた。

判決文には、被告側【関西電力】が主張する事柄を極めて論理的に、分析的に退けている。
長くなるので、引用は最小限にしたいと思うが、関心の有る方は、ネット等で閲覧されることを勧める。

根拠の希薄な被告の主張を退ける判決文の中に、【『福島原発事故を踏まえて』という言葉を安易に用いるべきではない。】という一節もある。
さらに、【被告は本件原発の稼働が電力供給の安定性、コストの低減につながると主張するが、当裁判所は、極めて多数の人の生存そのものに関わる権利と電気代の高い低いの問題等とを並べて論じるような議論に加わったり、その議論の当否を判断すること自体、法的には許されないことであると考えている。我が国における原子力発電への依存率等に照らすと、本件原発の稼働停止によって電力供給が停止し、これに伴って人の生命、身体が危険にさらされるという因果の流れはこれを考慮する必要のない状況であると言える。】その通りだ!と声をかけたくなる。
【たとえ本件原発の運転停止によって多額の貿易赤字が出るとしても、これを国富の流出や喪失というべきではなく、豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失であると当裁判所は考えている。】
司法は、三権分立の立場をぶれさせては成らない。
私は、感動した。
さらに、被告【関西電力】が原発の稼働によってCO2の排出削減に貢献し、環境面で優れていると、主張するのに対して、【原子力発電所でひとたび深刻事故が起こった場合の環境汚染は凄まじいものであって、福島原発事故は我が国始まって以来最大の公害、環境汚染あることに照らすと、環境問題を原子力発電所の運転継続の根拠とすることは甚だしい筋違いである。】
この日の裁判長には最後に、『これにて、一件落着〓』と言って貰いたかった。

この判決文を精査した関西電力は、控訴したわけである。

この国の富は豊かな国土とそこに住む国民なのだ。

仏教の教えの中に、『蔵の宝より、身の宝、身の宝より心の宝第一なり』とあるが、彼等にはこの言葉の意味は生涯わからないだろう。

世の中、まだまだ捨てたもんじゃないと思えた今日、五月の風が爽やかだった。

iPhoneから送信