『永遠の0』観賞記 | 高田龍の《夢の途中》

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。

封切られる前から、観たい、観たいと思っていた『永遠の0』を、やっと観た。

世の中の批評は知らないが、私には素晴らしいと思えた映画だった。

現代を生きる姉弟が特攻で死んだ祖父の過去を辿る展開はあまり・・・だったが、平幹二朗演じる隻腕の老人の宮部久蔵への憎悪に満ちた評価あたりからグイグイ引き込まられてしまった。
老人となった宮部久蔵の同輩後輩達が語る宮部久蔵評は様々なのだが、
命を惜しむことの意味、彼が何故か生還することに執着し続けたのが、語られていく。
まあ、まだ観ていない方が興醒めしてもいけないので、あらすじはこのくらいにしておきましょう。
先ず驚がされたのはCGのクオリティの高さだ。
そして、後半の右翼の大物かヤクザの親分を思わせる田中泯が宮部久蔵の思い出を語るにつれ感情が高まっていくシーンのアップのカット割り
見事。
そして、ラストシーンの宮部久蔵の表情。
鬼気迫る中に哀しみと安穏と様々な感情の入り混じる表情。
岡田准一のあの演技の為だけに、入場料を払う価値は有った。

俳優としての岡田准一に心掴まれた気がした。

今日はこのくらいにしておきます。

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