秋の気配? | 高田龍の《夢の途中》

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。

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灼熱の日々が続き、子供の頃では、南の国の気温だと思っていた摂氏40度も、ここ数年何度も経験して来ました。

もっともそれは、私が暑さで有名な熊谷に住んで居るからと云うせいも有りますが…

っと、《何度も》という所に引っ掛かった方もいらっしゃいますよね。

ニュース等で、熊谷がここ数年、全国一の暑さを何度となく記録しているのは、皆さんよくご存知のことと、思いますが、中でも、特筆すべきは、2007年8月16日の摂氏40.9度でしょうか。
この日の最高気温から熊谷は、暑いと云うことが、それまでにも増して全国に知れ渡りました。

今年も、6月24日の39.8度を皮切りに、35度~38度台を連日のように記録しています。

ただ、私が云う様に熊谷が40度を超えたことは、2007年以来有りません。 ところが、熊谷市内のあちこちでの温度計は何度も40度を超えているのです。
実際に、数日前にも、駅前などでは42度を超えていました。
観測所の温度計の設置場所は、市街地のアスファルトの上よりは環境が良いのでしょう。

昨日、一昨日と、秋の気配を感じさせる涼しさでした。
一昨日などは、肌寒いくらいでした。

徳光さんも、この涼しさに助けられた24時間マラソン挑戦だったのではないでしょうか。

首相が、やっと交替するそうですが、政治に絶望している私達の気持ちを、もう一度、自分達に向けることの出来る総理大臣が出て来てくれるのでしょうか。

東北に早い冬がやって来る前に、遅い春が訪れる前に、被災地の人々の心に希望の灯を燈すことの出来る総理大臣の誕生を、心から熱望するばかりです。

日に焼けた逞しい腕が、捲りあげた作業服の袖から伸びて、ゴム底の靴は泥に塗れ、忙しく瓦礫の中を跳び回り、すれ違う人々に、激励の言葉を忘れない、無精髭の笑顔が悲しみに打ちひしがれた人々の不安と絶望を吹き払い、官僚や政治家の怠慢や行動の遅さには阿修羅の如く立ち回り、国民の憂いに涙し、国民の幸福を我が喜びとするようなリーダーが、そろそろ登場しても好いのでは、と思うのは私だけでは無いはずです。

国民が、この国に、心の底から失望してしまう前に。