拝啓、菅直人様、松本龍様 | 高田龍の《夢の途中》

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。

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拝啓、御両人様、申し上げたいことは多々ございますが、取り敢えず、この、私の人生の師が著作の中で述べていることを読んでみてはくれませんか。

この著作は、今から13年前に小説の形態で書かれたもので、舞台は昭和35~36年、南米チリを震源にする大地震が発生、その地震による津波が、日本にも押し寄せ、東北、北海道の太平洋岸に被害が集中した。

死者139名、被害家屋46000戸以上。

今回の大震災の被害規模とは比べ様も無いが、大きな被害をもたらしたことに変わりは無い。

本文によると—

《この時、政府の対応は極めて遅かった。
衆議院で自民党が新安保条約を強行単独可決したことで野党が審議拒否、国会は空白状態。
津波災害対策本部を設置するも、国会が機能していないため、抜本的な対策は何も出来ず。

被災地の人にすれば、迷惑な話》

いつの時代も、という言葉が思わず出そうになる。
著者の思いは主人公の言葉を借りて訴えられる。
《津波自体は自然災害であるが、適切な措置を講ずる事が出来ず、人々が苦しむのは、人災以外の何ものでも無い。
政治家の第一義は、国民を守ることにある。災害に苦しむ人々の救援こそ、最優先されねばならない。》
主人公は、党利党略に固執し、民衆という原点を見失った政治に怒る。

更に、知己のある国会議員から政策について相談を持ち掛けられると—

《それは、あなたたちが悩み、考え、国民のために決めるべき問題です。私の思いは、ただ全民衆のため、平和のために、戦ってほしいということだけです。》

たった今も、国民=民衆の思いは、これですよ。

あなたたちは、何か勘違いをしています。

その勘違いのために、たくさんの人々が、犠牲を強いられている現実を、自殺者まで出しているという状況を、いい加減、直視しませんか。

龍さん、あなたにはPPMを語って欲しくない。

彼等は、民衆のために歌い、民衆のために語り、行動した人達です。

『私の試練』、今回の辞任劇は、あなたの試練などではない、あの素晴らしいバラードを詰まらぬことの引用に使って汚さないでください。

試練は、被災地の人達が被っているのですから、あなたや、もっと馬鹿な総理の言動に振り回されるという試練に。