自殺という選択肢 | 高田龍の《夢の途中》

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。

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また、若い命が自ら命を絶った。

自身の人生の整理。

自身の行いに対する贖罪。

自身の人生からの逃避。
いずれにせよ、自殺からは、何も生まれない。

根本的な解決は出来ない。

《輪廻転生》を肯定するならば、自殺という手段で宿命の縛を絶ったつもりでも、来世の人生で、中断していた宿命の道程を、また歩かなくてはならない。

それより、東日本を中心に、何万と云う人達が、一瞬にして、なんの心構えの準備も許されずに、死ななくてはならなかったこの時期。

生きていることの意味を、多くの人達が見つめ直している今。

生き残った事、その事実を厳粛に受け止め、震災後の日本の復興を、理不尽に人生を取り上げられた多くの人達から託された思いで、国民が総立ちになろうとしている時、 何故なんだと思ってしまう。

きっと、辛く、悲しく、堪え難い苦しみの重さだったのだろう。

それでも、生きなくてはいけない。

私達は、生きなくてはいけない。

声を大にして言いたい!

若いあなたには、何度でもやり直す時間は有る。
挫折さえ、人生の肥やしになると云うこと。

格好良く生きれなくても好いじゃないか。

還暦間近で、何もかも失い、それでもやり直そうともがいてる親父だって居るのだから…。