庶民 | 高田龍の《夢の途中》

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。

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写真は、被災地、女川の風景。

私の年下の友人が、とにかく何かしなくてはと云う思いにかられ、現地に飛び、被災した人達の為の仮設住宅建設の手伝いをしている。

その友人から送られて来たメールに添付されていたものだ。

彼は、特別暇な訳でも無く、裕福な訳でも無い。
高速を使い、移動する時は、割引が効く休日を選んだりする庶民である。
市井の、名もなき庶民だ。

彼のような人達が、きっと、今の日本には大勢居る筈だ。

庶民は強い。

庶民は賢い。

庶民は健気だ。

庶民は勇敢だ。

庶民は善良だ。


その庶民の事を、まったく理解もせず、侮り、侮辱し、欺こうとする奴らが居る。

彼等には、子供たちの未来も、物言えぬ動物達の悲しみや恐怖など解ろう筈も無い。

臆病でずる賢く、偽善と虚言に明け暮れるだけの最低にして最悪の人間達。

化けの皮が剥がれ、その小心で醜悪な顔が、白日のもとに晒されていることさえ、気づいていない。

最近は、最低基準の、常識すら持ち合わせていなかったことが露呈し、首相の座を追われた男が、何やらしたり顔で意見を言っているようだが、世界中の誰にでも、発言の権利は有ったとしても、この男にだけは、絶対に無い。

のこのこ出て来る、馬鹿さ加減と恥知らずさ、いっそう磨きがかかった様である。

ガッカリすることに麻痺している昨今である。