知っていますか? | 高田龍の《夢の途中》

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。

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皆さんは、『いちのせ圭』という漫画家をご存知でしょうか?

『一之瀬圭』、『市ノ瀬圭』ではなく、『いちのせ圭』だったと思うのだが、何分にも30年以上前の記憶なので、あまり正確ではない。

読みは、『イチノセケイ』に間違いない…筈だ。
とにかく、絵が素晴らしい。

原作が在ったのか、記憶はないが、物語りも良かった。

山本周五郎、藤沢周平の、書く世界に列ぶ、もちろん、私の勝手な見解なのだが。

黒澤明、小津安次郎が創りだす映像世界に、漫画でありながら、なんら遜色を感じない。

これも、私の勝手な見解である。

大手出版社の刊行しているコミック誌が冠になったコンクールで『イチノセケイ』は大賞を受賞して漫画界にデビューした筈である。
それ以前の作品が在るのか、無いのかを、私は知らない。
受賞後も、『イチノセケイ』は寡作な作家たった。
漫画界は、黄金期だったと思う。
しかも、対象は、子供ではなく、大人である。
各出版社は、競って週刊のコミック誌を刊行していた。

映画の原作として採用された物も数多い。


そんな時代であるにも拘わらす、『イチノセケイ』は寡作だった。

大人を対象にした漫画は、やがて劇画と呼ばれる様になり、漫画とは別個のジャンルになって行った。

時代は移り、劇画黄金時代も終焉を迎える。

と断定は出来ないまでも、あの頃とは確実に違っている。

いつの間にか、『イチノセケイ』は劇画界から消えて行った。


つい最近、ある中堅漫画家と知り合いに成った。

世間話の弾むうちに、現在の漫画界の話題に話は進み、私は、『イチノセケイ』を彼なら知っているかと思い、さりげなく尋ねた。

『知っていますよ』

今は、どうしているんですか?

『ずっと、描いてないですね』

やっぱり、描いてないんですね。

『編集者の人が、今でも執筆の依頼をするらしいですが、断られるらしいですよ』

生きてるんですね。

『もちろん、生きてます』

何で描かないんでしょうか?

『何故なんでしょうね、結婚をして、家庭に入り、幸福に暮らしているんでしょうね』

…????

えっ?『イチノセケイ』って、女性なんですか?
『はい、女性ですよ』

驚きだった。

『イチノセケイ』は女性なのだ。

その存在を知ってから、四十年近く、私はずっと『イチノセケイ』を男性だと思っていた。

『イチノセケイ』は女性なのだ。

あれだけの画力と人気を放り出してまで選んだ結婚、そして掴んだ主婦の座。

ますます『イチノセケイ』に興味が湧いた。

そして、天才と云っても過言ではない女流漫画家の筆を折らせた夫君の人物像に、彼女以上の興味が湧いてきた。

ともあれ『イチノセケイ』は、その作品同様に、素敵な人生を生きているようである。

描かなくなった『イチノセケイ』に『勿体ない』などと云う下司な感想しか浮かばない、私などの思いもよらない、素敵な人生なのだろう。