命日 | 高田龍の《夢の途中》

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。

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今日は私の父親の命日だ。
八十二歳で人生の幕を降ろした父。

私は、ブログの中で何度も父の事を書いてきた。
そして、これからも書き続ける事だろう。

私も、この歳に成れば、ものの見方も変わり、父に対する印象も変化して当然なのだろうが、五十八歳の今にして、私の父に対する思いは、まったくもって変わらないのである。

父の逝った年齢迄はまだ時間は有るが、果たして私の寿命がそこまで有るのだろうか、それは誰にも判らない。

仏壇には、父の好物の、桜餅が供えられた。

幼い頃、見上げた父の姿は、いつの間にか私の背丈が勝っていた。

亡くなる頃の父は、痩せて小さくなってしまったが、それでも私には最期まで、見上げる存在の父だった。

13年と云う時間の彼方に逝ってしまった父は、今も不肖の伜を気遣い、何処かから見守っていてくれている。

まだまだ、寒い春の宵。