ある意味、私の人生に大きく影響与えた人間のひとりとして、谷津嘉章の名前は欠かせないだろう。
彼に出会わなかったら、私は間違いなくプロレスの世界に縁することは無かった。
私の約7年間のプロレス人生は、それ自体が人生等と呼ぶことがおこがましい程に短く、そして不毛だった。
それは、業界がどうとかの問題ではなく、私自身の存在証明が希薄だった為に、不毛だと感じるのだろう。
きっとそうだ。
団体を潰したから云々の問題では無い。
あれから、10年という歳月を経て、気がついたことも多々有るが、今はそれを語りたい訳では無いので、話を進めることにする。
その谷津嘉章が今年、全国何カ所かを回って引退興行を行い、最後を新宿の会場で迎えた。
永く波瀾に富んだプロレス人生は、これで幕と為ったのである。
彼にゆかりの、沢山の関係者が彼の最期の花道に集った様だ。
私は行かなかった。
呼ばれなかったし、日程すら知らなかった。
もし、声をかけて頂いたとしても、丁重にお断りしたと思う。
彼と袂を分かった時から、二度と遇うことは無いと心に決めていたが、実際には、様々な柵の中で私の決意は、我が儘だと一蹴され、その後、彼とは何度となく会い、酒の席等を供にして来た。
引退興行の在ることを私が知った直後、ある人からMAILが来た。
谷津嘉章の引退興行が在るのだが、貴方は行かないのかと云う問い合わせだった。
私は行かないと返信した。
先方の人は、貴方が心安らかに成れることを祈るばかりであると、またMAILをくれた。
人を憎み続ける事は不幸だからだとも書かれて在った。
その人の気遣いは嬉しかったが、私の心を捉えてはいない。
何も私は、彼を憎み、それをエネルギーとして生きて来た訳ではない。
勿論、嫌な思い出は有るが、それを言えば、向こうも同じだろう。
私の心が狭いのかも知れない。
