ろんの大学生日記 -8ページ目

ろんの大学生日記

明大生ろんの精進日記。

今日はある会社に行ってきた。
その会社は人を動かすのはたった6秒でできるという理念のもと、世の中にEQを広めていくことで人々を豊かにしていこうみたいな活動をしている会社。

今回その会社にいってきた理由は、その会社の行っている活動の一環である、アセッサーの方の模擬研修にクライアントとしてEQを測ること。
その結果を元にアセッサーの方が僕たちにコーチングのようなものをするためだった。

僕たちとしても、自分たちのEQを理解することで、今後の自己分析に役に立つことができるだろうみたいな感じで、割とノリノリの中で行ってきた。


で、今こうやって書こうとしているのは、そこから得た学びと感情というものを言語化する振り返りの時間がほしかったのでやってます。
だから、今日帰ってきたばっかだから落とし込みが十分じゃないかもしれないけど、その中で自分が学んだことと、これから学習していきたいことについて重点的に書きたいと思う。

割と思ったことを書いていくので、わかりやすさとかはご了承してほしい(笑)


ちなみに僕のEQについて簡潔に説明しながらEQについて説明していくと、

そこの会社が扱っているEQには8つのコンピテンシーがあって、
それぞれに応じたランクが5段階で示されているようになってる。

で、僕が一番高かったのが、
ノーブルゴールの追求というもの
楽観性の発揮
結果を見据えた思考

これらが5段階のうちの一番高いところまで到達していた。
もちろん、これらは自己申告に近いものなので、結果に左右される必要は必ずしもないんだけど、個人的にはこの結果は当たっているなという風に思っている。
というか、まぁ長期的目標とか、ビジョンの追求みたいなところが一番高くでるのも個人的には当たり前というか、
毎日のようにそこに対して思考しているのだから、そうだよねって感じ。

で、結構意外だったのは楽観性の発揮という項目が高かったこと。
これは何を意味するかというと、
「希望や可能性を信じ、自分から前向きな展望を持てること」
という説明がなされている。
楽観性という言葉は、ややもすると考えなしなイメージを持たれることが多かったり、
ポジティブとかいう言葉はその人の性格を表すように考えられがちだ。
しかしここで示していることはそうではなく、
危機的状況における発想の転換だったり、意思決定を行う際に、できないことにとらわれず、自分の持つ可能性を信じて決断ができることを意味している。

その点に関して自分は驚くほど成長していると思ったので過去を少しだけ振り返ってみる。

僕はどちらかというと、それこそニーチェよりも斜に構えるような人間だった(今でもそのような傾向はあるのかもしれないけど笑)
ペシミストといえばいいのか、悲観主義者ともいうべきか。
この日本社会は終わっているので、いくら努力しても無駄だろうとすら考えるような人間だった。

そんな自分が変わるきっかけがいくつかあった。
ひとつめは、自分が大学受験をすることを決断したとき。
ふたつめは、仕事で一緒になった方に言われたことを実践したとき。
みっつめは、今の組織に入ってから、知覚できない機会の損失を自覚したとき。

それぞれに対して簡潔に説明していくと、
大学受験を決心した一つ目の楽観性の発揮は、それこそ自分の可能性や希望というものに満ち溢れた選択だったように思う。
今でも信条にしているけど、子供、あるいは青年たちは、社会に出るまでは無限の可能性がそこには広がっていると思ってる。
それは自分も例外ではなく、その可能性を少しでも信じようとするならば、変わることができるというもの。
というよりも個人的には、可能性の発揮をした瞬間が自分にとって本来の方向性だという風に考えることができた。
つまり、特性として持っていたものでもあったんだけど、環境的要因からひねくれてしまったのだなと自分では思ってるということかな。


次に仕事の先輩が言われたことについて
「思っていることは行動や態度にでるのだから、まずは心から変えなさい」
これが自分にとって衝撃的な言葉だし、今の自分を形成している血肉にもなっている言葉。

これを僕は実践しようと思った。
自分にとってその当時(2浪目の9月ころ)は卑屈の真っ盛りであったから、だれかになにかをいわれても悪い風にしか受け取ることができなかった。

そんな自分が嫌だったから、その言葉の通り、なんでもポジティブに見ようとしてみた。
ただそのひとつの意識の変化がすごい効果をもたらして、最終的に今までのネガティブスパイラルが、ひとつのポジティブな考え方から、すべてが正のスパイラルに変わるような経験をしたんだ。

それができるようになってから、些細なことに自分が囚われていることがとても無駄なことなのだと自覚できるようになったし、
逆境の中で楽観性を発揮していることが、自分をコントロールする手段として非常に重要なことを知った。

僕は結果として自分の行きたい大学に行くことはできなかったけど、
そこで僕はすべてを投げ出すことはなく、ではその大学でできることは何か、を常に思考してきた。
そしてそれらのおかげで今の自分が形成されていると思うから、その意味で僕は自分の楽観性、すなわち、自分を信じる力というものに何度も助けられていると思う。


それこそ、ぼくが2浪を決心したときなんかもそうだ。
懐かしいな。話が流れるけど、1浪目の入試前、自分の本当にやりたいことは政治学なのではないかと悩んでいた時のことが今でも、その当時の図書館の風景のまま、残ってる。
僕はそこで、1浪して変な大学にいくのなら2浪でも自分のやりたいことができるところに行こうと決めることができたと思う。



3つめかー
これは語るのも苦しいような経験だったからなんかあまり人には言いたくない(笑)
んだけど、でもそれも自分にとって必要な事だとも思う(笑)


「機会は自分でつかむもの」
それは間違っていないと思う。

だからこそ、
「機会を損失しているのも自分の結果にすぎないということ」

一番怖いのは、
「その機会損失は自分の知らないところで起きているということ」

僕はたまたま僕の目の前で機会損失される瞬間に立ちあったから、変わることができた。

まぁ自分がそこでくじけなかったのは、隠すまでもなく、
一番大事な友人に情けない姿をこれ以上見せられないという感情によるものだったのかもしれないけど(笑)


自分がその組織に所属していくことができないと思った時に、
僕はたまたまその日に、
社会から必要とされない人材について大学の講師の方からお話を受ける機会があった。

僕はそこで、今自分が取っているアクションがそのままそれに当てはまるということを自覚してしまった。

思えば、自分が今まで所属していたコミュニティーで最後まで続くことがなかった。
そんな中今この目の前の組織から逃げ出してしまったら、きっと社会にでてからもその癖は直らないだろうという風に思ってしまった。
だから少なくとも今までで一番その組織に愛着のある時に、今だけは投げ出さず最後までやりきろうって決めた。
そんな決心を大学に入ってから、経験したんだ。
すごい辛かったし、すごい悩んだ。
でもだからこそ自分は成長できたし、
この結果にそれが反映されていると思う。



だいぶ話が長くなっちゃったけどそんな感じ

自分にとって、
ノーブルゴールの追求とか
楽観性の発揮とか
結果を見据えた思考とか
自分の感情パターンの認識とかが得意としているのは、自分が今まで経験してきて、成長したからこういう結果になっていると思う。
僕はそこだけは否定させないし、これだけ語れることがあるのだから、間違っていないと胸を張って言える。
しいて今ここで感情パターンの認識をするとしたら、
今僕がこの弁解を行っている理由は、
僕がEQの低い人間だと思われていることが癪だから、なんだけど笑笑


さて、それとは反対に
そんななかでも自分の中で課題みたいなところか必ずあって。
僕が苦手としているのは
感情のナビゲート
共感力の活用
というものだった。
これには納得のいく結果になっている。
理由としては、
よく人に言われるし、自分が苦手だと自覚しているから(笑)

というよりも自分がEQ低いって思われているのは、みんなは自分と触れ合う時にしか感情リテラシーを発揮しないものと誤解をしているからだと思っている笑

それぞれの言葉について説明をすると、
感情のナビゲートに関しては、
感情を戦略的なリソースとしてとらえ、その感情を評価し、活かしたり変化させたりすること。


共感力の活用に関しては
周囲の人の感情を理解し、適切に対応すること
と記載されている。

これらが苦手な自分というのはつまりどういうことかというと、
僕は自分の感情をうまくコントロールすることができず、反感を買いやすい。
そして、他者の感情よりも自分の感情を優先してしまうので、軋轢が生まれる。
というものだと思う。

僕は人の感情がどのように作用するのかについては理解していると思う。
でも理解はするけどそれに対応しようとは全く考えていないというのが課題として挙げられると思う。

自分がなぜそのような感情を抱くのかについてはいくらでも説明ができる。
でもその感情をどのように対処していこうかということを今まで考えたり、行動に表したりしてこなかったから、
言い換えると、自分の感情を常に垂れ流しにしていたから、成功するものも成功しなかった。という風に言える。

特に、自分がこうしたいと思うものを優先してしまうせいで、他者の感情を無視する、つまり共感力を活用できない点が、今の自分の足かせになっていると思う。



今回のことがらから自分が学んだことは、

感情をコントロールするためには、自分の感情の原理をきちんと理解すること。
そのうえで、感情をコントロールするのではなく、行動をコントロールしていくこと。
が重要なのだということがわかった。

厳密には再確認させられた、という言葉が近い。

最近の自分はとにかく自分にストレスを与えないために他者との関わりを避ける傾向が強かったように思う。
しかしながら、自分がストレスを受けず、かつ周囲の人間と円滑にやっていくためには、
自分がそういう人たちと積極的に関わっていき、行動をコントロールする技術を身に付けていくことが絶対不可欠なのだということがわかった。

自分のことを話し、そこから気づいたことを新たな挑戦として設定していくことが今回のイベントを通してでき、そしてそれが重要であることがわかったから、
僕は自分の感情原理を理解したうえで、行動の抑制をしていこうと思う。
それらの細かい技術は、
最近読んでいる、プロカウンセラーの聞く技術 という本が教えてくれるし、
コーチングの一環として人と接していく練習を通して、徐々に改善していきたい。
そうして自分の課題を解決して、EQを武器にできるようにしたい。





さて、これから学んでいきたいものについても少しだけ言及していくと、

感情というものは1つ1つの感情が複雑に絡みあって形成していくことを知った。
たとえば今日の話でいえば、
自分が他者に対してイライラしてしまう理由はなにか、を考えていた時にまず最初に挙げたのは、その人が思考をしないことだといった。

その時に僕が問われたのは、
でも海外にいけば、労働外のときにもバリバリ働く君と、労働外になぜ働く必要があるのかと考える人もいる。そのようなときにも自分はその人たちにイライラするのか、と問われた。

不思議なことに、自分はそのような、自分と違った価値観を持つ人のことは許容できるらしい。

そこからわかることは、
自分がイライラしてしまうのは、その人が自分の行っていることをできるようになればいい、なるべきだと、他者に対して期待をかけているからそうなってしまうのではないか。
ということだった。
確かに、自分にとってどうでもいい存在にイライラすることはない。
僕にとってすべての若者が自分のように物事を考えられるべきだと考えているから、
それができない人たちに執拗にイライラし、その結果、攻撃的になるということがわかった。

じゃあ自分の行動をどのようにしていけばよいか。
確かに僕は究極的にその人たちが思考できるようになればいいと思ってる。
そこは変えることができない。
だから、行動を変えていくこと。
きっとイライラしてしまうのはしてしまうもの。だから自分はそれを伝えずに、
どのようにしたらその人たちの思考力、目標設定がなされるようになるのか
という観点のみに集中していくことが必要だと思う。

このように、
自分の感情がどのように自分の行動に結びついているのか、ということは意外と盲点になってることが多い。
だからこそ、これからは自分の感情の動くトリガーを理解していくこと。
さらに、他者の感情原理をキチンと認識すること。それらを学んでいきたい。
そして、なぜその人がそのような感情を抱くようになっているのか、について客観的に分析し、好奇心を寄せていくことで、自分の感情をナビゲートし、共感力を活用していきたいという風に思う。



以上が今回僕が学んだことの顛末だ。

このテーマとは異なるけど、
コーチングの際に使うことができるなと思ったのが

他者の発しているシグナルを見逃さない。
ということ。
その人がいま話したいことや、思っていることは、無意識のうちにキーワードとしてでてくることが多い。
そこに対して深堀りを行っていくことで、その人をジョハらせていくことができるだろうということを学んだ。
ちなみにジョハるっていうのはジョハリの窓の未知の領域を広げることを略している(笑)

これは面白いと思った。
無意識のうちに使っている言葉は、その人を象徴する言葉になっているという考えは自分にとって新鮮な学びだった。


今後の自分の成長を促進するツールとして、EQはかなり役に立つと思うので、
興味のある人はぜひ自分のEQを調べてみてほしい。