ろんの大学生日記

ろんの大学生日記

明大生ろんの精進日記。

Amebaでブログを始めよう!
インターンから帰ってきました。インターンのことに関しては後日またちゃんと書きます。


僕がアイセックで活動している理由。

よく個人と委員会と組織で分けて考えているけど、理由は至極簡単。


社会にインパクトを与えたいから。
その活動の場としてこの場所を選んでいるにすぎない。 
そんな感じ。

社会にインパクトを与えるっていうのは、
”できる限り多くの人が幸せになるような影響を与える”ということ

僕はこの組織の理念と共感したから入った
僕の理念は、子供たちの可能性を最大化させること


子供たちにフォーカスをしている理由は、僕自身が可能性を最大化させることが難しいと思うような幼少期を過ごしてきたから。
そしてなにより、そこからここまで変わることができたから。


僕は小学生のころから母子家庭で育ち、
両親がそろっているころからも、親の顔色や姉の顔色を窺って、我慢してきた。
なんとなく始めたサッカーも、いつも親は月謝が高いことでけんかしてる。
合宿のお知らせがきて、いつも親はけんかしてる。
けんかしてる声で起きて、びくびくしながらその様子をのぞきにいって、と思えば姉がその様子を見ていた。二人で息を殺しながらじっと、タバコを吹かしたその喉で金切り声をあげている母親を見ていた。


だから僕は小学生のころ、合宿には3回しか参加したことがない。
僕が宿泊行事があまり好きでないのはきっとこのトラウマがあるからだと思う。


中学生になって、クラブチームでサッカーをすることはできなかった。
弱小の部活動でサッカーをするしかなかった。

周りが塾にいっている中、僕はそのようなところにいくことなんてできなかったというか、
そもそも自分の家庭環境のことはほとんど理解していたから、そんなところに行きたいだなんて思うこともなかった。

中学のころから自分は大学には行かず、美容師かなにかになると思って生きていた。

だから周りが高校受験だとかで私立を受験していても、
法政と早稲田がどのように違うのかなんてわからなかったし、中央や明治、立教の存在なんて知る由もなかった。

僕はなるべく勉強しないで入れる高校の中で一番マシなところに進学をしようとした。
中学の先生には、自分の実力にあった高校をきちんと選べていると褒められた。
なにを言っているんだ。俺が本気を出したらO高校に入ることなんて簡単だ。
本気で思っていたし、今の自分を振り返って、きっとできたと割と本気で思う。

でもそれをしなかった。理由は簡単だった。
あきらめていたから。
良い高校にいこうが大学に行けるわけもなく、
自分の人生はこんなもん、そのハードルが見えていたし、そこを越えるつもりもなかった。
だけど中学の卒アルにはこのように書いてある。
有名人になってなかったら、怒るよ?って



高校時代もそんなもん。
自分のやりたいことなんてうまくいく人生なんかじゃなかった。
だって自分の人生は、未成年である以上親が規定しているんだもん。
親の束縛を越えたことなんてできない。
グレることはなかった。かっこわるいと思っていたし、なにより、グレたところで自分の人生がどうにかなるわけじゃなかった。
それよりも真面目にバイトして収入があるほうがよっぽどマシだった。


でもそんな生活をいつまでもしていていいって、あきらめの悪い僕はとてもじゃないけど思えなかった。

大学受験を決心した時のことは今でも明確に覚えてる。今でもそのときの情景が鮮やかに残っている。
そのときの自分はまさか自分の人生がそこで変わったなんて思いもよらなかったと思う。
でもそれほど僕の中では強烈な決断だった。

「自分のような才気ある人間が活躍できていないのは社会、母親らの環境が悪いせいだ」
自分のような能力があってそれなのに半ば途中で諦めている人間がこの世の中にどれだけいることか。この世界にどれだけいることか。この世の中を変革するという大義名分を持って生まれた人間がどれだけいることか。その可能性がどれだけつぶされていることか。
そんなことを真剣に考えた。

もし自分がこのまま大人になって、今ここで考えたことを話した時、周りの人たちは僕の声を聞いてくれるだろうか。 いや、きっときくわけがない。
じゃあ聞く立場まであがってやる。今まで自分が社会のルールに則って生きてこなかったけど、
今回だけは聞いてやる。乗ってやる。

自分の現状から最も効果的に結果を出すことができるだろう早稲田を第一志望にした。



浪人は二年した。その中で僕の人生は180度変わっていった。
自分は今まで自分の人生に諦めてきた。何をやっても無駄だと思ってやってこなかった。
自分の人生は自分の手で変えることなんてできないと思っていた。
でも今はこうして、明確なビジョンをもって、そのビジョンを成し遂げるために大学受験をしている。
だれにだって越えられないハードルなんて存在しない。
やれば誰だって、なんでもできる。自分はそれを証明できる。
少なくとも自分と同じような思いをしている子供たちのことは、救いたい。



これが僕の
子供たちの可能性を最大化させる。ということ。

僕の人生はこれで2回目。
1回目の人生は19の秋まで。
2回目の人生は19の秋から。

僕が人のために生きるようになった日。
これが僕の生きる理由。
これが僕のしなない理由。やり残していること。

満足したなら死ねばいい。
感謝をしているなら恩を返さなきゃいけない。
その恩を返す人は別にその人本人じゃなくていい。
誰かから受けた恩を返す。そうやってみんなが生きていくことができたらみんなが幸せになれるって思った。
それに自分が気づいたなら、誰かが始めないといけない。たとえそれが僕一人からでも。


アイセックはつまり僕の人生そのものだった。


自分の能力を最大化させるために活動するのも、
自己成長をなによりもまず優先しているのも、
自分自身が他者の成長機会を最大化させることができないと影響力なんて持てないと思うから。
他者成長機会を最大化させるための自己成長。
僕は大学に入ってからこれ以外の成長はしていない。
そして僕の身につけている力、スキル、人格のすべては、
僕のビジョンを達成するために必要なことだからやっていること。

僕はできる限り僕の周りにいる人たちが自分の可能性を最大化させられるようにできたら良いと思う。
それができていなかったら落ち込むし、悔しいし、怒りもする。
自分勝手な生き方をしている人には腹が立つ。自分の欲求を満たすためだけに生きている人たちが何かをいってきて腹が立つ。




アイセックって、俺らがブランドじゃないと。
決してその組織の委員長だけがこの世の中に対して問題意識を投げかけていればいいものじゃない。
決してその組織の運営陣だけが社会にどれだけインパクトを与えればいいかを考えればいいわけじゃない。
そこに所属している人間すべてが、自分の天職を見いだして、自分の可能性を最大化させることによってこの世の中にプラスの影響力を及ぼせるように活動していて欲しい。

自分が社会にどんな影響を及ぼしたいか
自分が社会にでてどのような影響を及ぼすことができるか
社会にでて必要とされる人材になれるか
社会にでて問題解決をしていくことができるか
社会から必要とされる人間になれているか。
常に自問自答しながら活動していれば、今目の前にある機会や活動はがらりと色を変えて成長へといざなってくれる。その活動の意義を各々が感じ取って、語れて、人々を魅了していくことができる。
そうなったら間違いなく、人々はアイセックに影響されていく。
その数が増えれば増えるほど、アイセックの及ぼす変革は世界を変えていく。

その為に、今なにができるか。


僕はそういう風になっていたい。
僕はそういう風な人生でありたい。