人生には様々なドラマがある。
その中で自分の歩んできたドラマに口を出されたくないと思っているのが大多数の人間だと思う。
その中で、自分の生き方として何を選択し、どのような人生を歩んでいくのが”自分にとって正しいのか”を今から定義してみようと思う。
僕はこの今の世の中を基本的に、エリートと資本家の茶番と位置づけている。
これは別に、批判してもらってもかまわない。けど、僕はほかの人の解釈に文句をいうつもりはない。
資本主義経済というのは、その形態が発展するほど格差が生じるようにできている。
この経済体制を構築しようと考えるのは、一部の資本家とエリートから始まるようにできている。
資本主義自体は悪いものではないというのが僕の見方だけど、僕は基本的に資本主義が好きではない。
というより、気に食わない。
それはまた最後で述べることになると思う。
エリートと資本家は一部で混合している。政治家という領域がそれだと思う。
そう、政治家は私腹を肥やすためにこの世の中のシステムを改造できるだけの権力を持っているという認識がある。
だから僕はこの世の中を茶番と定義する。
この政治家を支える既得権益もまた、大雑把に資本家と定義している。
ただ、僕は資本家のすべてを悪者扱いするつもりはなく、資本家は資本家で、悪いことをしているわけでもないだろう。現に、ボランティア精神旺盛な人が多いのも事実だと思う。
ただ、私腹を肥やすために国家を改造しようとする人間がいるだろう感覚は多分、仮説として正しいと思う。
さて、これが僕にとっての世の中である。
つまり、この世の中で”労働者”をやってる以上は一部の人間のために働いている感覚が僕の中で常につきまとってしまう感覚があるということ。
昔からそうだけど、僕は”権力者”に”理不尽な制約”を課されるのが死ぬほど嫌いなタチだ。
僕の世の中はこうして構築されているから、”格差”言い換えると”階層”が存在している。
それは目には見えなく、誰かに定義づけられたものではない。
また、そのベクトルや領域は様々だ。
例えば、僕vsメッシやネイマール(ネイマール残念です・・・)は
”ベクトルが違う”ということになる。
これはつまり、「得意分野が人によって異なり、得意分野で超一流になることがある」ことを意味している。
では、僕の生きていく世の中はどのように構成されているか。
僕はビジネスの世界で生きていくことを検討している。
サッカーや野球、一部の芸術活動は特殊な才能を持った人間だけが戦えるフィールドで、
マイノリティな世界を構築している。
世の中から隔絶された空間ということができれば、その逆も然り、その才能もまたビジネスの為に”行使”していると考えることもできる。 プロサッカー選手には常に”ビジネス”がつきまとう。
これを労働者と捉えるかどうかはその人次第だと思う。僕は彼らをヒーローとして認識することもあるし、幸せな人生を送ることのできる人々だと認識することもある。
残念ながら、僕にはその才能がなかった。
ビジネスはだれでもできる。甘い世界だと、贔屓にしている社長がおっしゃった。その意見には賛成している。これは資本主義社会の恩恵だとも思う。
ビジネス以外の世界はなにか。
政治か、あるいは国際政治か。 俗世を離れることもそうだろう。
いろんな世界があるが、マジョリティはビジネスであろう。
だからこそ、マジョリティが構成する階層分けが存在する。
これはあくまで学生的観点だから、その解釈に間違いがあると思うが、
自分の頭の中に
SSS
SS
S
A
B
C
D
E
F
の階層が存在していると認識する。 ちなみにこの階層は日本社会のみにフォーカスをしている。
これらの割合を定義するとするならば、
Cが丁度真ん中にくるように階層分けをし、SSSの割合を0.001%にするのが適切だろう。
学生的視点により、
1(18歳)
2(19歳)
3(20歳)
4(21歳)
の4学年に分け、その1つの学年の人口を120万人と定義する(大学生ではなく、世代として認識している)
すると、感覚的に
SSSランクには12人の超一流を越えた者たちが存在し、
SSランクには1200人の超一流
Sランクには12000人の一流
Aランクには120000人二流
Bランクには240000人の三流
Cランクには500000人の一般
Dランクには240000人
Eランクには・・・
この下はあまり変わらない感じかなぁ
という風になっている。
日本の4学年には、48人の超超一流がいるらしいが、感覚的にもっともっと少ない割合でSSSは存在するような気がする。
そしてSSランクには4学年で4800人存在する。
僕にとって、4800人という数字は単純に"多い"
これは僕の定義がずれている可能生があるかもしれない。しかし、 SSSランクとSSランクには隔絶した壁が存在していると見込んでいる。
それが
”雇用者か、被雇用者か”
この世の中は一部のエリートと一部の資本家が実権を握るようにできている。
資本家が被雇用者になることはありえず、政治家などのエリートが被雇用者になることはあり得ない。
この隔絶した差が間違いなく存在しているというのが僕の見解だ。そしてその理由として、
「被雇用者の労働賃金は常にピンハネされる」
ようにできていること。もちろん、雇用者に全額の利潤が支払われることはなく、税金などを支払う義務がある以上、国に雇用されていると解釈することもできるとは思う。
被雇用者を超一流と定義するのは容易い。ただ、僕にとってそのような人生は"面白くない"
なぜなら、社会にインパクトを残せる人間にはなれないから。
社会にインパクトを残すことにどれだけの価値があるのかはわからないが、少なくとも自分が20のときに掲げたビジョンを達成するときは間違いなく、この世の中を変革した時だ。
僕はこの資本主義経済は悪くはないが、気に食わない。という話をした。
それは僕のビジョンと深く関連している。
僕のビジョンは、若者、ないしは子供たちのスタートラインをフラットにすることにある。
この格差を生じさせることが是の世の中とは相反した思想を持つ。
僕がこのビジョンを達成したとき、
資本主義は昇華され、新たな経済体制が築かれることになる。
教育資本の再分配。
超SSSランクを目指すことは人生の最大のテーマであり、
SSランクとSSSランクの違いは
世の中に変革をもたらす者と、世の中に適合する者だと解釈している。
そして自分がSSSランクであるかどうかは、今後の僕の人生が決定する。