これを書こうと思ったのはアルバイトの最中です。
自分のことを知ってもらうために自己紹介を書くというのは真なのか否か、について問答を繰り返していた時に、
何が伝えるべきで、伝えるべきでないのか。必要で何が必要でないかという論点に立たされ、随想しようと決めることができた。
だからこの文章はこの自己紹介を流すほんの少し昔の僕が書いているものになってる。
その僕における歴史のタイムラグを文という形式で起こして、未来を切り開く糧にしていると思う。
文章には想いが宿るから、その想いを風化させない方法としては適切なんじゃないかと思う。
僕がまだ一年生だったころは、みんなの自己紹介をきっと3回は読んでる。
先輩の自己紹介で特に気に入っているものは6回とか7回とか読んだと思う。
文は自分自身との対話をヒトに見せる行為にもなっているから、とても恥ずかしい。
でも、その恥ずかしさをもろともしないくらい、溢れる想いがあるから、森鴎外は舞姫を書いたし、太宰治や三島由紀夫は、自分を知ってもらう為に文を書いたと思う。
川端康成は自己実現を文で成し遂げようとした。自分の中に存在する2人の存在を投影させる作業は、恥ずかしさよりも、自己実現の唯一の方法のように思えた。
第三者の僕たちは本の著者と、本によって対話をすることができる。
僕は大学受験を決心し、大学に入学してから、今まで様々な偉人に出会うことができた。
大学に入学する前から、現代文という読書は、カタルシスを起こすものであったから、好きだったし、いろんな人と対話をすることができた。
問題作成者とはいつも喧嘩をしていたと思う。
早稲田大学の現代文は、問題作成者と意気投合することがあったので好きだった。センターの国語は機械的だから嫌いだった。
僕と本の著者と大学の先生であくなき討論をする感覚を、もう一度味わいたいと思ったりして、もう一度過去問を引っ張ってきたりもした。
僕が今ここで随筆しているものは、僕から溢れる想いがあるからここに記載しているはずだと思う。
僕との対話を望む人は、まだ僕が生きているうちは会いにきてくれればいい。
僕との対話を望んでくれるのなら、僕の方から会いに行くこともできる。
本を読むという対話形式を自覚してから、長文を書く営みをしたことがなかったので、少しだけ戸惑う。
でもこの営みは、僕が君たちに伝えたいものがあるからやってるものだし、僕の生き方にも直結していることだけは断言できる。
できる限りすべての人に僕の想いが届けばいいと思う。
しかしながら、必ずしも僕の所属する委員会にいるみんながここから先のことを読まなくてもいいと思う。
僕は僕の文を読んでくれる人にだけ、ここからは書いていこうと思うから、眠かったら寝てもらったほうが僕は少しだけその人の為になったような気がする。
つまり、強制するつもりはあまりないということ。
少なくとも僕と対話することを望んでくれるヒトたちのために、僕も面白いと思ってくれるように尽力したいと思う。
まず僕はこの営みにどのような名前がついているか調べるところから始めた。
僕が先から使っている随想という言葉が何となく今の状態に則しているように思えた。
僕のダイナミズムが触れてきた感懐に、今から招待しようと思う。
形式的な答えとして挙げる、この営みの目的は、 自分が伝えたいと思うものを表出すること。につきる。
目標は、僕がカタルシスを起こすことなのかもしれない。
必要でないものはもともと存在しなかった。なぜなら、僕は僕と対話したいヒトとだけ対話すればよいのだから、
必要でない情報などそもそも存在しえなかった。
この組織としての解はこれで十分だと思う。
僕は世の中のすべてを合理的に解釈する気はなく、また、そのイデオロギーに抗って生きていたいと思っているのかもしれない。
僕の歴史の中で、一番古いだろうものは、記憶なのか、想像なのか曖昧なところにある。
多分その時は小学生だったころの自分が思い出している、まだ自分が母の胎内にいたころの記憶。それは記憶なのか想像なのかわからない。
そこにはれっきとした感情機能が備わっていたことだけを覚えている。
多分次の記憶は幼稚園の頃の記憶だから、2歳とか3歳とかの記憶だと思う。
なんとなく、自己と他者の存在の認識に恐怖した瞬間だったような気がする。
幼少の頃の僕が、母と離れることに対し恐怖を覚えたのはなぜなのかはわからないけど、
今の僕がそれらしく語る、その時の記憶は、たぶんそんな感じ。
僕がいまでも親に聞くエピソードがあって、それはまたしても、現実か否かの判断ができない状態になっている。
僕が姉を追い掛け回して遊んでいると、親の吸っていたタバコの灰が目に入り、真夜中に救急車で運ばれ、手術を受けるというもの。
あきらかにおかしい記憶として存在しているのが、救急車が病院に入っていくところを救急車の外からみているものと、
自分が手術を終えてひとり長椅子に座っているのを目撃している記憶があること。
今ではもう、強引にそれらは想像であったのだと思うことにしている。
幼稚園の頃から、自分が自分であることの認識で気持ち悪くなることがあった。しかも、その頻度はきっと多いほうだったと思う。
自分が自分であることの認識は、自分がなぜ存在しているのかという葛藤のような気がする。
いうなれば、自分から離れていく感覚のことだろうと思う。
僕は誰しもがこれを経験しているはずだと信じているので、あまり人に言うことがなかった。
というよりもむしろ、その感覚に恐怖していたので、人に話すとその感覚が戻ってきそうだった。
特に描写すると、自分の眼から見えている世界の現実と非現実の見分けがつかなくなる感覚。
死の概念を取り上げるとチープになってしまうが、表現する術があまりに稚拙なので、
自分が生きている感覚を忘れていく感覚、とでも言えばいいか。わからない。
その恐怖に負けないように、僕は現実における楽しみで紛らわそうと戦ってきた。
多分、いつも勝利することができた。
歳を重ねるごとに、その感覚に襲われることは減っていった。 僕がそのことについて解釈をいれるとすると、
おそらく現実と非現実の区別がほんの少しだけつくようになってきたから、なのではないかと思う。
もし今、現実と非現実について、明確な解を求められても、きっとうまく説明することができないと思う。
僕は今でも、できる限り、現実世界で生きているつもりになって目の前のことに挑戦しているだけだと思って生きている。
デカルトに答えを求めにいったときも、もしかしたら同じような感覚に襲われていたのかもしれない。
デカルトは自分の存在を証明したけど、自分が存在する理由の証明まではできなかった。
僕はデカルトに言われても、思考という電気プロセスが現実かどうかわかっていないような気がする。
だから、僕は常に、生きている僕を演じ続けなければ生きることができない。
僕はファンタジーの世界が好きだった。幼少の時からRPGが大好きで、
その主人公の虜になっていたし、なにより、自分の知らない世界がある感覚が好きだった。
仮想世界の僕は、その世界にトリップしていく感覚に、夢の中でも、クジラの中を冒険するのも、
ワンピースを読んでから僕は僕の力で冒険するために、夢の世界に駆け込んでいくような気がした。
ファンタジーの世界ではなんでもできたから、僕の望む世界観を夢に投影させて、そこで冒険することができた。
FF9がとても好きだったような気がする。僕が小学生のころ。
夢を見ることと夢を描く力をそこで学んだ気がする。
そして僕がこうありたいと願うそれが、RPGの中では常に存在してくれていたから、
そのシナリオを美しいものとして認識していたと思う。
クロノトリガーは僕の冒険心を駆り立てるのに十分なほど、自由度が高いゲームであったような気がする。
昔のゲームには想像の余地がいたるところにあったから、そこで僕は冒険をしていた。
大人になった僕が今そのゲームをやってみると、いかに幼少の自分がそのゲームに隠された意味を理解しつくしていないかを理解することが多い。
その営みは、冒険の余地をなくしてしまうものだけど、それでも僕がそのゲームを好きであることには変わりがないと思う。