離婚をきっかけに家を手放すご相談の中で、いちばん胸が痛むのは「売っても借金が残る」というケースです。住宅ローンの残債が、いまの相場での売却価格を上回ってしまっている。こういうとき、選択肢としてまず名前が挙がるのが「任意売却」です。
ただ、この方法には一つ、大きな壁があります。任意売却の相談をするには、いったんローンの支払いを止めなければならない、という事実です。今日はこの壁と、その手前でできること、そして万が一にも競売にしないための進め方を、順を追ってお話しします。
まず結論から
- 任意売却の前に、できることがまだ残っている場合があります。差額を縮める工夫を先に検討します。
- 滞納は「だらしなさ」ではなく、交渉の窓口を切り替えるための手続き上の通過点です。金融機関の仕組み上、そうならざるを得ません。
- 滞納から競売の申立てまでは、一般的に半年前後の猶予があるといわれています。この期間内に動けば、競売は避けられます。
- 保証会社が任意売却に同意する基準は「市場価格に近いか」ではなく「競売にした場合の期待回収額を上回るか」です。任意売却は必ずしも無難な着地点ではありません。
- 私が窓口として最後まで伴走することで、この手続きにかかる心の負担を軽くすることができます。
順番に見ていきましょう。
1. 任意売却の前にできること
「ローンが残るから、もう売るしかない」と決める前に、確認しておきたいことがいくつかあります。
離婚に伴う財産分与の話し合いを先に整理する 残った債務をどちらが、どのように負担するのかを先に取り決めておくと、売却後の話し合いがこじれにくくなります。2024年の民法改正で財産分与の請求期間が2年から5年に延びましたが、これは「時間をかけていい」という意味ではなく、むしろ関係が良好なうちに早く合意しておくことの大切さを裏付けるものだと、私は受け止めています。
市場価格が高いうちに、早めに売り出す 時間が経つほど、建物の価値は下がっていきます。残債と売却価格の差は、動くなら早いほうが縮まりやすいのが実情です。
親族間での立て替えや、他の資産の取り崩しを検討する 差額がそれほど大きくない場合、こうした工夫だけで一括返済ができ、滞納そのものを避けられるケースもあります。
リースバックという選択肢を検討する 家を売った後も、家賃を払って同じ家に住み続ける方法です。引っ越しをしたくない、子どもの学区を変えたくないという事情がある場合には、選択肢の一つになります。ただし残債の解消そのものにはならないため、あくまで住み続けるための手段として検討します。
こうした工夫を尽くしても差額が埋まらない場合に、はじめて任意売却を検討することになります。
2. なぜ「滞納」が必要なのか — 手続きの仕組み
ここが、まじめに返済を続けてきた方ほど、いちばん抵抗を感じるところだと思います。
住宅ローンを組むとき、多くの方は銀行だけでなく「保証会社」とも契約を結んでいます。ローンを滞納すると、まず銀行から「期限の利益の喪失」という通知が届きます。これは「分割払いは認めません、残額を一括で返してください」という意味です。一括返済ができない場合、保証会社が銀行に対して残額を立て替えて支払います。これを「代位弁済」といいます。この代位弁済とは、契約者に代わり保証会社が、住宅ローン全額およびそれまでの利息の合計を、一括で借入先の金融機関へ返済することです。
大切なのはここからです。住宅ローンをまだ滞納していない状態で、銀行に任意売却の相談をしても、多くの場合「一括返済できないなら、そのまま返済を続けてください」と応じてもらえません。銀行の担当者には、そもそも残債を残したままの売却を承認する権限がないことがほとんどだからです。任意売却について実質的に話ができる相手は、代位弁済後に窓口となる保証会社です。つまり、滞納は「怠けたから」起きるものではなく、交渉相手を切り替えるための、避けて通れない手続き上の順番なのです。
滞納から競売までの、おおよその流れ
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段階 |
目安の時期 |
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督促・催告 |
滞納開始〜1、2ヶ月 |
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期限の利益の喪失通知 |
滞納3〜6ヶ月 |
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代位弁済(保証会社が立て替え) |
期限の利益喪失から1〜2ヶ月 |
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任意売却の相談・査定・販売活動 |
代位弁済後すぐに開始可能 |
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競売の申立て |
代位弁済から1〜2ヶ月後 |
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競売の開札 |
申立てからさらに数ヶ月後 |
代位弁済がなされると、多くの金融機関は任意売却のために3〜6ヶ月ほどの期間を設けてくれます。つまり、代位弁済の通知が届いてから動き出しても、決して手遅れではありません。ただし債権者である金融機関は社内の稟議や承認に時間がかかるため、実務上は開札日の1ヶ月〜1ヶ月半前までに売買契約を結んでおく必要があります。相談から余裕を持って動くに越したことはありません。
なお、住宅ローンを3ヶ月以上滞納すると信用情報機関、いわゆるブラックリストに登録される可能性があり、登録されるとその後6〜7年程度は新しいローンが組みにくくなります。これは事実として、あらかじめお伝えしておくべきことだと考えています。ただし、この信用情報への影響は、次に説明する競売になった場合の不利益と比べると、まだ小さいものです。
3. 保証会社は何を基準に同意するのか — 「任意売却=無難な着地点」ではない
ここは誤解が多いところなので、少し詳しく説明します。任意売却は「競売より高く、市場価格に近い金額で売れる方法」とだけ理解されがちですが、それは正確ではありません。保証会社が同意するかどうかの基準は、市場価格ではなく、「競売にかけた場合に、自分たちがいくら回収できる見込みか」という一点です。任意売却の提示額がそれを上回っていれば同意が得やすく、下回っていれば市場価格に近くても同意されないことがあります。
この「競売にした場合の期待回収額」がどう決まるのか、仕組みを追ってみます。
① 競売の価格は、法律上二段階で下がる
民事執行法60条は、次のように定めています。
第60条 執行裁判所は、評価人の評価に基づいて、不動産の売却の額の基準となるべき価額(以下「売却基準価額」という。)を定めなければならない。(1項)/執行裁判所は、必要があると認めるときは、売却基準価額を変更することができる。(2項)/買受けの申出の額は、売却基準価額からその十分の二に相当する額を控除した価額(以下「買受可能価額」という。)以上でなければならない。(3項)
これを踏まえると、価格は次の二段階で下がっていきます。
- 第一段階(評価額→売却基準価額):不動産鑑定士が評価した額から、「競売市場修正」としておよそ2〜3割が減価されます。買受人は内覧ができない、契約不適合責任を追及できない、占有者がいる可能性がある、といった競売特有の不利な条件を埋め合わせるための減価です。
- 第二段階(売却基準価額→買受可能価額):ここからさらに、法律上機械的に20%が控除されます。これが入札できる法定の最低ライン(買受可能価額)です。
数字で見るとイメージしやすくなります。仮に時価4,000万円の物件であれば、
時価4,000万円 →(競売市場修正・約3割減)→ 売却基準価額 約2,800万円 →(法定20%控除)→ 買受可能価額 約2,240万円
理論上の最低ラインは、時価の5〜6割程度まで下がり得るということです。
② ただし、これは「最低ライン」であって「落札価格」ではない
買受可能価額は、あくまで入札に参加できる最低額です。実際の落札価格は、入札者どうしの競り合いで決まります。人気のあるエリア・流動性の高い物件では、売却基準価額に対してかなり上振れして落札される傾向がある一方、郊外や特殊事情(占有者あり、再建築不可など)のある物件では、買受可能価額に近い水準でしか買い手がつかないこともあります。つまり、「競売になったらだいたい市場価格の何割になる」という一律の数字は、本来は存在しません。
③ 保証会社の判断への影響
保証会社は、この二段階の減価構造と、対象物件が競売市場でどの程度の人気を見込めるかの両方を踏まえて、「競売にした場合の期待回収額」を試算していると考えられます。ここに、実務上おさえておくべき逆説があります。
**競売にかけても高く売れる見込みが立つ「競売耐性の高い物件」(人気エリア・流動性の高い物件)ほど、保証会社は任意売却でも高い水準の提示額を求めてくる可能性があります。**逆に、競売では買い手がつきにくい物件は、競売での期待回収額自体が低いため、任意売却の同意ハードルはむしろ下がりやすいとも考えられます。「売りやすい優良物件だから任意売却も楽に進む」とは限らない、という点です。
したがって、任意売却の交渉で示すべきなのは「市場価格に近い査定書」というより、「この物件を競売にかけた場合の期待回収額を、この提示額が上回っている」ということを裏付ける査定と販売計画です。ここの組み立て方が、保証会社の同意を得られるかどうかを左右します。
4. 心の負担に、どう向き合うか
私がこれまで見てきた中で、この段階でいちばん苦しいのは「支払いを止める」というボタンを、自分の意思で押さなければならないことです。真面目に返済を続けてきた方ほど、これを「自分の失敗を認める行為」のように感じてしまいます。
ですが、私はこう考えています。滞納は、道徳の問題ではなく、制度上の手続きです。銀行の窓口担当者に権限がないという、ただそれだけの理由で、いったん立場を変えなければ話が前に進まない。それだけのことです。そして、その先にある任意売却は、競売とは違い、ご自身の意思で売却の条件や時期をある程度調整できる方法です。裁判所によって強制的に進められる競売に比べて、任意売却はご本人の意向に沿って進められ、プライバシーも守られやすいという点で、精神的な負担が軽い方法です</cite>。
もう一つお伝えしたいのは、「この判断を一人で抱え込まなくていい」ということです。滞納を始める決断も、保証会社とのやり取りも、慣れない方が一人で進めるのはとても心細い作業です。ここから先は、窓口として私が伴走します。滞納を始めるタイミングの相談、保証会社との交渉、査定書の準備、スケジュールの管理まで、担当が途中で変わることなく、最後まで同じ人間が対応します。
5. 競売にしないために、具体的にすること
- 滞納を始める前に、任意売却の実務経験がある不動産会社に相談しておく 代位弁済の通知が届いてから探し始めるより、事前に相談先を決めておいたほうが、動き出しが早くなります。
- 金融機関からの通知や連絡を無視しない 督促の電話や書面は精神的につらいものですが、無視すると状況の把握が遅れ、動ける時間が短くなります。内容を私と共有していただければ、今どの段階にいるかを一緒に確認します。
- 代位弁済の通知が届いたら、できるだけ早く任意売却の意思を伝える 保証会社に対して早い段階で任意売却の申し出をすることで、販売活動に使える時間を最大限確保できます。
- 査定と販売活動を、通常の売却と同じ速度感で進める 任意売却だからといって値下げを急ぐ必要はありません。基準は市場価格そのものではなく、前章で説明した「競売にした場合の期待回収額」です。それを上回る査定と販売計画を示せるかどうかが、保証会社の同意を得る一番の近道です。
- 連帯保証人がいる場合は、早めに事情を共有する 任意売却には連帯保証人の同意が必要になる場合があります。後回しにせず、早い段階で話をしておきましょう。
6. 私がこの手続きで担うこと
任意売却は、通常の売却に比べて関わる相手が多くなります。金融機関、保証会社、場合によっては連帯保証人や司法書士。手続きが複雑になるほど、窓口が一本化されていることの安心感は大きくなります。
私はこれまで、相続・団地・調整区域・農地・古家など、事情のある不動産を数多く扱ってきました。任意売却についても、査定書の作成から保証会社との交渉、販売活動、引き渡しのスケジュール調整まで、担当者が途中で代わることなく、最後まで責任を持って対応します。ご相談いただいた内容は、レインズへの公開も含め、他社のお客様にも広く情報を届けながら、早期の売却成立を目指します。
最後に
任意売却にたどり着くまでの道のりは、決して気持ちのいいものではありません。ですが、滞納という手続きは、失敗の証明ではなく、次の一歩に進むための通過点です。そして、この道のりを一人で歩く必要はありません。
現在の状況やお気持ちを整理するだけでも構いません。まずはお話をお聞かせください。
本記事は一般的な流れをまとめたものです。滞納の期間や金融機関・保証会社の対応、信用情報への影響などは個別の契約内容により異なります。具体的なご判断の前には、金融機関・弁護士・任意売却の専門相談窓口などへの確認をおすすめします。