丹原町 河之瀬 | ア-ルの写真記

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(日本写真家協会 会員)

中山川に沿って走る国道11号を丹原から松山方面に山間を入って行くと、もうそのあたりは桜三里と呼ぶ所。中山川に注ぐ鞍瀬川と中山川が落ち合うあたりに橋があり手前に信号機がある。信号機手前を左折し鞍瀬川に沿ってある道をどんどん遡っていくと、鞍瀬川右岸の山上、標高2~300㍍のところに河之瀬集落はある。そこまで狭い道だが車で上がって行けるの道の入り口がある。明治の一時期、戸長役場が河之瀬集落にあったと何かに記されていたの思い出し、久しぶりに行ってみた。

以前にも何度か訪ねたことはあったが、そのときは、そこに一時期役場があったことは知らなかった。

現在、一軒に人が暮らす集落になってしまったようだが、集落にいた人たちが今も時々は訪れているようだ。

古いけど黒いブリキ板に白い文字で河之瀬と書いた道標が集落に上がっていく坂道に立っている。来た道を180度折り返すようにして上がっていく道なので、とてもわかりやすい。道標がないと見過ごしてしまいそうだ。

 

バス停があり、案内板は河之瀬の之が野の文字になっている。

どちらでも良いのかな。

 

 

 

上がっていく途中、茅葺き屋根をトタン板で覆ったお家があった。

 

車道の終点まで上がって行くと、終点場所は広くなっているので、邪魔にならない場所に車を駐めてた。

そこから山中に入っていく細い道が続いているので、ちょっと行ってみた。山の上の方や山腹を橫に行く道などが荒れてはいたがいくつかあった。

転げ落ちてきた石や枯れた葉や枝もいっぱいある。

 

 

 

道標があるが文字は消えていた。

この先に何があるんだろう。

 

入っていくと地蔵堂のようだ。

お堂は集落の一番上の方に建っていた。

 

地蔵堂そばには何かを祀っていて、新しい花が挿してあった。

 

お堂の戸を開き中を見せてもらったが、ここの花もきれいなのがさしてあった。

 

集落からちょっと外れて、かつて畑が広がっていたと思う場所に行ってみた。

 

用水路

 

先人が苦労して石を積み上げ造った段々畑は、今はあたり一面雑木林と化している。

 

山腹に石垣を積み上げた造った内側は、平らな畑や緩やかな傾斜の畑だったようだ。そんなのが上の方に向かって何段も続いているのが見える。

石垣の上を長い道が通っているところがあった。

この道を反対の北西方向に山を越え長い道のりを行けば、藩政時代に庄屋があった楠窪集落に続いているようだが、その道の途中、今はどうなっているんだろう。国土地理院の地図に現在も道は記されているけど。

 

石垣が崩れ始めているところが何か所かある。

 

集落内の生活道。

今、人はほとんど通らないようで、獣道と化しているようだ。

 

 

 

河之瀬集落の上部から深い谷の向こう側を望むと、面木山を中心にした山々が連なる。

 

 

 

土壁を塗った蔵というか納屋。

 

 

 

はがれた板塀の間から古そうなワラが見えた。

 

崩れかけの石垣

 

 

集落内に六地蔵があった。

 

 

 

ヒューム菅のような物をいくつか積み上げ造ったコンクリート製の水タンク。

 

集落内の道

 

 

集会所

 

河之瀬集会所入り口に掛かる河之瀬集会所と彫った分厚い木製看板。

 

 

昔は大きな建物の神社があったようだが、今はこんな状態で祀られている。

 

合祀記念の石碑

 

集会所前にある広場の石垣下を掘って穴を造り、そこに土中から落ちてきたり、しみ出てきた水を貯めている。

このようにして昔から水を貯めてきたのだろう。

常に水が流れる川が近くにない集落だから、水は貴重だっただろう。

 


空き家の前を通り集会所に行く道?

そこは民家の庭としても、兼用だったようだ。

山の集落には、庭であり道でもあるエリアが往々にしてあるようだ。

道端というか庭に石碑が据わっていた。

 

幽谷を

ふまえて霞む

愛奈山

ふくいち

 

と刻まれている。


 

石の裏面には

福方の生地

 

昭和54年 喜寿記念に据えたとある。

 

 

 

大小様々、色も様々の石垣の石

おもしろい石垣だ。 

 

これまた面白い形をした造形物というかモニュメント?

昔は灯籠だったのだろう。

石柱の上には、木をくりぬいて作った火袋があったのだろうが

朽ちてしまい、新たに木に穴を空け石柱に差し込み上に石板を置いているのだろう。

と勝手に解釈。

それにしても離れてから見てもよく目立つ。

 

 

 

集落を下りる途中、車を降りて集落の方を見上げたが、耕作放棄の畑がだんだん増えている。