じゅりれなよ永遠に -3ページ目

じゅりれなよ永遠に

じゅりれな・坂道小説書いてます。

都会の喧騒が

遠く微かなノイズとなって届く

廃マンションの屋上。

 

平手友梨奈は、

いつものようにフェンスに背を預け、

眼下に広がる宝石をちりばめたような夜景を

無感動に見下ろしていた。

 

彼女の傍らには、誰が持ってきたのか、

季節外れの花がそれぞれ一本ずつ

生けられた質素な花瓶が4つ、

ひっそりと夜露に濡れていた。

 

長濱ねる、齋藤飛鳥、遠藤さくら

そして、最近命を落とした

同棲していた渡邉理佐。

 

友梨奈が彼女たちのために手向ける、

声なき弔いだった。

 

カツ、カツ、と

軽いヒールの音が近づいてくる。

 

友梨奈は振り返らなかった。

 

この場所に、

この時間に訪れる人間は限られている。

 

「友梨奈、いたのね」

 

息を弾ませながらも、

どこか吹っ切れたような明るい声。

 

白石麻衣だった。

 

「麻衣さん」 友梨奈は短く応じた。

 

 麻衣は友梨奈の隣に腰を下ろし、

しばらく黙って夜景を眺めていたが、

やがて意を決したように口を開いた。

 

「あのね…美波ちゃんと、

ちゃんと話したわ。

…つき合うことに、なったの」

 

その声は少し照れくさそうで、

しかし確かな幸福感をまとっていた。

 

友梨奈はゆっくりと麻衣の方を向いた。

そのポーカーフェイスの奥で、

微かな感情が揺れたように見えた。

 

「そう。よかったね、麻衣さん」

 

「うん…ありがとう」

 

「麻衣さんは器用だから、

きっと上手くやっていけるよ。…

あの子も、普通の女の子みたいだし」

 

友梨奈の言葉は、

どこか自分に

言い聞かせているようにも聞こえた。

 

普通の幸せ、普通の日常。

 

それは、自分たちとは縁遠いものだと、

心のどこかで分かっているからだろう。

 

その時、麻衣のスマートフォンの着信音が、

静寂を破った。

 

画面には「匠」の文字。

 

「…もしもし、匠?どうしたの、

こんな時間に」

 

麻衣の声のトーンが、

一瞬で仕事モードに切り替わる。

 

友梨奈もその変化を感じ取り、

身じろぎもせず麻衣の

言葉に耳を澄ませた。

 

「…わかった。すぐに向かうわ。

友梨奈も一緒よ」

 

 通話を終えた麻衣が、友梨奈に視線を送る。

 

「仕事みたい。内藤さんの店に集合よ」

 

「了解」

 

友梨奈は短く答え、静かに立ち上がった。

 

弔いの花々が、夜風に小さく揺れていた。

 

寂れた商店街の一角に佇む

喫茶「ブラックレイン」。

 

表向きはレトロな喫茶店だが、

その奥のテーブルは、

裏社会の住人たちの密談場所となっていた。

 

 麻衣と友梨奈が到着すると、

既に北村匠と松井玲奈が席に着いていた。

 

匠は緊張した面持ちで爪を噛み、

玲奈はいつものように静かに

コーヒーカップを傾けている。

 

「やっときたわね、二人とも」

 

 玲奈が低い声で言った。

 

その言葉に棘はないが、

場の空気が引き締まる。

 

 程なくして、

店の奥から内藤剛が重厚な足取りで現れた。

 

その手には、一枚の封筒。

 

「揃ったな。早速だが、今回の仕事の説明だ」

 

内藤はテーブルの中央に封筒を置き、

メンバーの顔を順に見渡した。

 

「依頼主は、先日亡くなった若手政治家、

大和田誠の第一秘書、高村と名乗る男だ」

 

内藤の言葉に、全員の表情が硬くなる。

 

大和田議員の死は、

事故死として報道されていたはずだ。

 

「大和田議員は、事故死ではない。殺された。

それも、極めて残忍な手口でな」

 

 内藤は続けた。

 

「“電気屋”を装った三人組の男たちが、

大和田議員を事務所で襲撃。

抵抗する彼を大型冷蔵庫に閉じ込め、

そのまま運び出し

…生きたまま、東京湾に沈めたそうだ」

 

息を呑む音が、誰からともなく漏れた。

 

冷蔵庫の中で、

ゆっくりと息絶えていく恐怖。

 

その陰湿な手口に、麻衣は眉を顰め、

友梨奈の瞳には冷たい怒りの光が宿った。

 

匠は唇を噛みしめ、

玲奈は静かに目を伏せた。

 

「高村秘書は、警察の捜査に限界を感じ、

独自に調査を進めた。

そして、ある組織に辿り着いた。

通称『W』。

最近、裏社会で急速に頭角を現してきた、

プロの殺し屋集団だ。

今回の実行犯も、

その『W』の構成員で間違いないだろう」

 

 内藤の声が、店内に重く響く。

 

「依頼内容は、

その実行犯三名の特定と排除。そして…」

 

 内藤は一呼吸置き、言葉を続けた。

 

 「この殺害を指示した、黒幕の始末だ」

 

「黒幕…?」 麻衣が問い返す。

 

「ああ。高村秘書が掴んだ情報によれば、

大和田議員の排除を『W』に依頼したのは、

対立派閥の重鎮議員…端本隆太路」

 

 内藤が告げた名前に、

玲奈がピクリと眉を動かした。

 

政界の裏を知り尽くした彼女にとって、

聞き覚えのある名前なのかもしれない。

 

「ターゲットは、実行犯の三人、

そして大物政治家の端本隆太路。

…かなり厄介な仕事になるぞ。どうする?」

 

内藤の問いかけに、誰も即答はしなかった。

 

 麻衣の脳裏には、美波の笑顔が浮かんでいた。

 

ようやく掴みかけた温かい日常。

 

しかし、目の前には、晴らすべき恨みと、

救いを求める声がある。

 

友梨奈は、

屋上に残してきた三つの花瓶を思い出していた。

 

奪われた命の重さ。

 

それを踏みにじる者たちへの静かな怒り。

 

 玲奈は、カップに残ったコーヒーを静かに飲み干した。

 

その瞳には、

かつて自らも手を染めた世界の非情さと、

それでも捨てきれない

正義感が交錯しているように見えた。

 

 匠は、無力な被害者の無念を思い、

固く拳を握りしめていた。

 

やがて、最初に口を開いたのは、麻衣だった。

 

「…やります。その依頼、お受けします」

 

その声には、もう迷いはなかった。

 

友梨奈も、玲奈も、匠も、静かに頷いた。

 

闇夜に蠢く悪意に、

彼女たちの新たな戦いが始まろうとしていた。

 

 

内藤からの最終ブリーフィングは簡潔だった。

 

 「ターゲットは

織田誠一、蓑田和夫、福本隆也の三名。

いずれも表向きは都内の企業に勤める会社員だ。

防犯カメラの映像から割り出された、『W』の実行犯だ。

玲奈が織田、友梨奈が蓑田、匠が福本を担当する。

麻衣は予定通り、

今夜開かれる端本隆太路主催のパーティーに潜入し、

黒幕を仕留めろ。…各自、抜かるなよ」

 

重々しい内藤の言葉に、四人は静かに頷いた。

 

それぞれの胸に宿るものは違えど、

目的は一つ。闇に葬られた無念を晴らすこと。