じゅりれなよ永遠に -3ページ目

じゅりれなよ永遠に

じゅりれな・坂道小説書いてます。

その日の午後、

友梨奈は古い雑居ビルの地下にある

喫茶「ブラックレイン」の重い扉を開けた。

 

店内には、深煎りコーヒーの香ばしい香りと、

紫煙が静かに漂っている。

 

カウンターの中では、

無口なマスターである内藤が、

黙々とサイフォンでコーヒーを淹れていた。

 

彼が、友梨奈たちの「仕事」を

斡旋する元締めであることは、

ごく一部の人間しか知らない。

 

店の奥のテーブル席には、

既に見知った顔が二つあった。

 

白石麻衣と、北村匠だ。

 

麻衣はいつものように落ち着いた様子で

コーヒーカップを傾け、

匠は少し不機嫌そうに腕を組んで

窓の外を眺めている。

 

彼らもまた、内藤を通じて

「仕事」を受ける仲間だった。

 

友梨奈が席に着くと、

内藤が静かにコーヒーカップを置いた。

 

 「…話がある」

 

内藤の低い声が、店内に響く。

 

彼はカウンターから一枚の封筒を取り出し、

テーブルの上に滑らせた。

 

「仕事だ。ターゲットは三人」

 

 封筒の中には、三人の男の写真と

プロフィールが記された書類が入っていた。

 

「『レッドドッグ』会長、山本大祐。

幹部の白居政夫、そして鎌苅太一」

 

 友梨奈の眉が微かに動いた。

 

「レッドドッグ」――彩を死に追いやり、

美空を始末した組織だ。

 

「依頼人は?」麻衣が静かに尋ねた。

 

「こいつらが手を汚している闇バイトで、

息子さんを亡くした親御さんだ。

警察もアテにならず、我々に流れてきた」

 

内藤の言葉には、

わずかな同情の色が滲んでいた。

 

「…で、報酬は?」匠が、ようやく口を開いた。

 

その声には、仕事人としてのドライな響きがある。

 

内藤は少し言いにくそうに視線を逸らし、

そして友梨奈を一瞥した。

 

 「…友梨奈が、どうしても

この依頼を取ってこいって、

昨日から店に入り浸ってうるさくてな。

だが、依頼人にも金がない。

破格も破格だ。一人、2万5千円」

 

その金額に、匠はあからさまに顔をしかめ、

麻衣もわずかに眉をひそめた。

 

命を危険に晒す仕事の対価としては、

あまりにも安い。いや、安すぎる。

 

「内藤さん。いくらなんでも安くないですか?

こっちは命かけているんですよ。」

 

匠が不満を隠さずに言う。

しかし、友梨奈は黙って写真を見つめている。

 

その横顔には、いつもの冷徹さに加え、

何かを決意したような硬質な光が宿っていた。

 

麻衣は、そんな友梨奈の様子と、

内藤の言葉の裏にある事情を

察したようだった。

 

先日、友梨奈が話していた

少女――彩のことが脳裏をよぎる。

 

あの少女の純粋な瞳と悲しい結末。

 

友梨奈がこの仕事に固執する理由は、

おそらくそこにあるのだろう。

 

「…いいわ。私は受ける」

 

麻衣は静かに言った。

 

「友梨奈には大きな借りがあるしね」

 

 「麻衣さん…」

 

匠が意外そうな顔で麻衣を見る。

 

「匠も、たまには

人助けもいいんじゃないかしら?

それに、この街のゴミ掃除は、

誰かがやらなきゃいけないことよ」

 

 麻衣の言葉に、

匠はしばらく黙り込んでいたが、

やがて深いため息をついた。

 

「…ったく、しょうがねえなあ。

友梨奈!お前にある貸りから一つ、

引いといてよ。」

 

 憎まれ口を叩きながらも、

その瞳には

仲間を見捨てない優しさが滲んでいた。

 

友梨奈は、二人の顔を順に見つめた。

 

「…悪いね」

 

 その短い言葉には、

普段の彼女からは

想像もできないほどの、

万感の思いが込められているようだった。

 

 彩の無念を晴らすため、

そして、これ以上あの少女のような

犠牲者を出さないために。

 

友梨奈の胸には、静かで、

しかし確かな闘志の炎が灯っていた。

 

 喫茶「ブラックレイン」の薄暗い照明の下、

三人の視線が静かに交わった。