ガラスを割れ~東京ノクターン~ 6(終) | じゅりれなよ永遠に

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じゅりれな・坂道小説書いてます。

あれから数日。東京の空は、

何事もなかったかのように青く澄んでいた。

 

だが、裏通りに吹き溜まる空気は、

まだどこか湿り気を帯びている。

 

喫茶「ブラックレイン」。

 

昼下がりのその店は、夜の顔とは違い、

客もまばらで静かだった。

 

北村匠は、カウンターの中で

黙々とグラスを磨いていた。

 

匠の携帯電話が、乾いたベル音を響かせた。

 

 「…はい」

 

「…あ、匠くん? 私、あやめ…」

 

少しだけ明るさを取り戻した、

しかし、まだ硬さの残る咲月の声だった。

 

「…ああ」

 

 匠は短く応じた。

 

カウンターの隅の席で、

平手友梨奈が紅茶を

のんでいる姿が視界の端に入った。

 

聞いているのか、いないのか、

表情は読み取れない。

 

「あのね…ありがとう。新聞で…見たわ。

隼人を陥れた奴らが…」

 

声が少し震える。感謝と、まだ癒えない悲しみと。

 

「匠くんが、あのサイトのこと教えてくれたから…

ううん、それだけじゃない気がする。

本当に、ありがとう…」

 

「俺は何もしてないさ」

 

 匠は、グラスを置かずに言った。

声に感情は乗せない。

 

「あやめが行動した結果だ。

ただ…一つだけ約束してくれ。

あのサイトのことは、誰にも言うな。

墓場まで持っていけ。いいね?」

 

それは、あやめのためであり、

この世界の掟だった。

 

「…うん、わかってる。絶対に言わない。

…色々、本当にありがとう」

 

 あやめはそう言って、電話を切った。

 

匠が受話器を置くと、

カウンターの隅から声がきこえる

 

「…へえ」

 

友梨奈が、面白がるような、

からかうような声を出した。

 

 「『俺は何もしてない』、ね。

匠がかっこつけても、似合わないよ」

 

「…大きなお世話だ」

 

 匠は、磨いていたグラスを置き、

忌々しげに友梨奈をちらっと見た。

 

友梨奈は、くつくつと喉の奥でわらった。

 

紫煙が、

午後の低い光の中で揺らめき、

ゆっくりと溶けていく。

 

カウンターの中の匠。

 

隅で紅茶を飲む友梨奈。

 

奥の席では、きっと内藤がいつものように

新聞でも読んでいるのだろう。

 

ナイトクローラーは消えた。

 

一つの復讐は終わった。

 

だが、この街では、

またすぐに新しい闇が生まれ、

誰かが涙を流し、

そして誰かが「仕事」を請け負う。

 

ブラックレインには、

いつものように時間が流れている。

 

ハードボイルドな日常は、

ただ淡々と続いていくだけだ。

 

 この街で生きる限り、

彼らに本当の終わりは、まだ遠い。

 

To be continued