今日は 蔓延防止による行事中止が重なり 一日の公的日程はキャンセルされています 。ゆっくりと考えたり、整理をしたり…いろいろ出来なかったことが出来る一日を与えられたと思います。 この機会に メモを 打ち直したり 読みたかった本を読んだり、 そして散らかった頭の中を片付ける素晴らしい時間にします。

 

今回は主観的な主張が多くあります。特に以下の点線囲み部分は私の個人の趣味です。でもこの「趣味」がこの文脈の意味なのですが!読み飛ばしをお勧めします。小文字にしておきました。

 

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私は2021/11/14【三山春秋】の記事を読んだ以降、無性にこの長澤延子に惹かれてきた。

そして上毛新聞の前橋支局長さんに、このコラムの筆者との面談をお願いしてきた。

偶然にも昨日、前橋市の詩人でもあり、朔太郎文学館にご尽力いただく #久保木宗一 氏が市役所を訪れ、 長澤延子全詩集 お預かりする機会を得た。さっそく読む。

この一文だけを引用し紹介させてい頂きたい。

p64 別離 

・・・

友よ
私が死んだからとて
悲しんだり哀れんだりすることは無用なのだ
私にひとかけらの友情らしいもので
抱いてくれるのなら
それはただ私を忘れて立ち去ることだ
世の中に別れを告げた私が
生きる人々の内に
なお映像としてとどまることは堪えられない

・・・

 

この切っ掛けをつくったのが以下の三山春秋⤵

▼〈友よ/私が死んだからとて墓参りなんかに来ないでくれ〉。刊行された『長沢延子全詩集』(皓星社)には代表作「別離」のほか、残されたノートに書き留められた詩や散文全てを収めた

2021/11/14【三山春秋】県立文学館で資料を… | 上毛新聞社のニュースサイト (jomo-news.co.jp)

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これから話すことは全く私自身の心の中にある個人の思いです。簡単にいえば感傷です 皆さんと価値を共有すべきこととも全く思いません。山本龍個人の お話 だと 無視していただいて結構です。合理的な・・有益な・・情報は全くないでしょう。

 

昨年、#岡庭呑石 (征人)先生が亡くなってから、デスクや書棚になる岡庭先生から頂いたお手紙や作品のことをいつか皆さんにお話したいと思っておりました。出来の悪い教え子の一人として 私ができる唯一の恩師への恩返しです。 あーそれにしても 学校教育の一つの 輝きは 恩師や友との出会いだったんだなぁと思い染みます。ノスタルジックな表現ですけれども オンラインの便利にはない 一つの価値でもあるでしょう。

※ デジタルの力でも友情を育てることもできるのかもしれませんが…メタバースの中の友情???

 

高校の恩師で早世された恩師や同級生は何人かおられるはずです。美術の#井田淳一 先生と呑石先生 両氏は今振り返って思えば さまざまな自由人としての人格を育てていただいた方だったと思います。

※こんな、カッコいい高校教師が 私たちの青春時代に影響を与えないはずはなかった。

 

呑石先生は幾度もお手紙のやり取りをさせていただきました。この封筒でたくさんのメッセージが届くのです。

 

特に季節の節目に山本龍くんのカレンダーだよ!とお手紙を頂きました。私だけではなく多くの人達がそのお手紙を頂いたんだろうと思います。 山本龍 と宛名の墨跡は封を開けずにも先生からの季節のお頼りと分かります。中には先生のカレンダーの景色、 静物画。それらのアートとともに先生の言葉が添えられております。

 

『来年のお盆過ぎに展覧会をやります。その作品も今鋭意作っているところです これらはまだ先のこと。たくさんの作品が生まれています。みんな良いものばかりです。なぜなら夢をみるのです。こんなん書けよ!と夢のお告げがあるんです。その通りに書くと良いものになるんです。嬉しいです。毎日が楽しくて仕方ありません。コロナなんかに構ってるヒマなんかはありません。・・・中略・・・ みんなは元気にやっていますか 健やかに過ごしてください。念じていますごきげんよう コロナの収束いつコロナ  令和3年辛丑初秋 呑石』

 

すごい人生観だなと思いませんか。

 

自分の中の病と闘いながらも 何か自分のデザインした道を突き進む!みたいなそんなカッコよさありますよねえ。あんな痩せこけてしまった呑石さんが勝手に僕たちに伝えるもの。そして僕たちは彼の伝えるものを一方的に解釈してそして自分なりに それを感じている。それだけのことですが僕(りゅう)は彼をカッコよく解釈します。

唯一私が お金を払って購入させていただいたのがこの作品です。

ほかのものは皆先生から いただいたものです。私の棚に並んだ呑石の「龍」。

 

オンラインは合理的です。でも手作りの素晴らしもあります。

 

 

最近つくづく思いますが 人生は旅だなあと。 誰とどんな旅を歩んでいるか 私も振り返る道が長くなってしまいました。 よき旅を続けましょう。

 

先生から頂いたこのハガキから感じることは手書きの手紙は

外部の人の脳へ信号を送る、とても大切なメディアです。 

文字とはデザインなのだ というメッセージです。

 

私は 高校時代 文芸部 と言うオタクの 活動をしていました  萩原朔太郎 の詩を読み( 実は好きだったのは中原中也ですが )、 自分も詩らしき文字の羅列を書いてもおりました。そんな思い出もあって今でも文を読み、そして自らも言葉を書きならべることは私の息抜きでもあります。デザイン というと文学とはずれるような感じがするかもしれませんが、言葉 、言葉が連なり生まれるメッセージ。 意図を持った表現方法を全てデザインと定義しています。人生はデザインでありそしてその基礎は言葉なんだ。 【今私の脳みその中を忙しく動き回る考えは単純に言えばシナプス間の電位差に過ぎないのですが】

 

萩原朔美館長のメッセージ

「ことがは人生の住居なのだ」

は凄いカッコイイ言葉なのです。

 

ここからはまとまらない内容なので

読むことをお勧めしませんが(@_@)

 

今まで書いた事を説明することもできません。それらを体系的に僕が頭の中で整理しているわけでもありません。ただ私の獏とした頭の底にひっついた沈殿物です。澱。

そんな【澱】をすべての人がそれぞれがお持ちなんだろう。

 

絵描きでもないアーティストでもない 体系的に把握するキュレーション能力もない私がデザインを語っているのですからお笑いですね。デザイン思考・・・デザインという言葉が多様されるけれども デザインの価値を知っている人はどれだけおられるんでしょう。 私にわかりません。僕自身がデザインの澱すら理解できていないのですから。先ほども申し上げたようにすべての人々がそれぞれの人生や様々なインプットを自分で解釈しそのデザインを作り上げているのです。万人に共有化するデザインなどある筈はないです。個性のこと。デザインとは個人が自らもっているものなんでしょうね。

 

アーツ前橋がこれからどんなインフラになっているか?そのインフラからどのような新しい価値を育てていくのか?  めぶく ? それを規定することもまた難しいことだったと思います。

10年前にこの美術館のあり方が課題になった。 私の市長としてのスタートこの問題に向き合い悩みました。行政が手に負えるものではない。市長が意図するようになるものではない。 (※行政は 条文と予算に縛られるのですから) そう覚悟していました。

しかし、 アーツ前橋が評価されるようになってきた。私はそうに確信しています。  

・その評価と何か。

・入館者数なのか? 

・収支の金額なのか? 

・人の噂なのか? 

・美術評論家の評価なのか?

・メディアへの露出なのか? 

 

基準も根拠も説明できないけど、私はそうに確信しています。 

 

市民は訝るでしょう。

『なんで評価されたと確信できるの? 市民の税金毎年3億つぎ込んで その評価がわからないんですか?』と市民に問われた時 、 10年前の私の決断の結果を信じて下さい。と答えるだけです。

そして「数字的な根拠をお示しすることはできません、市民に評価が感じられるように、これからも取り組みます」。と申し上げます。

 

だたアーツ前橋単体でなく、何かを芽吹かす切っ掛けにはなってきたと考えています。何かを動かす力を持っていた 。 芽吹きが 起きて行きたいとも思います。

 

だからこそ、アーツ前橋の今後のあり方委員会の各有識者からの提言を山本龍のデザイン力によって解釈して再出発です。 

・今までどうりでいいのか ?

・新たな価値を作り上げているものにしているのか? 

それが出来るのが大きな節目にを生かすチャンスです。 もうしばらく悩むことになりましょう。 幸いにして 前橋市には アーツ前橋を支えてくれているさまざまなフィールドに活躍する人たちがおられます。たくさんの作家…たくさんの画廊…たくさんの工房 …皆さんともう一度、相談をすることから始めればいいのです。人生の節目をどういうデザインで選択するのか。私のデザインへのセンスが問われるのです。だから人生は難しい。

 

さあ~たくさんの方々へお手紙を書かねばなりません。 私の個人的な感傷話はここでストップ致しましょう。さあ、はがきを選びます。たくさんの人にたくさんのハガキ。この人へこんなメッセージを送りたい! そのメッセージを鮮やかに彩るデザインを 選ぶのが送るのが手紙です。 人生はデザインで彩られているって感じではがきを選びましょう。 そしてペンを選び、インクを選ぶ これが呑石流です。

 

※硯は萩原弥惣治さんから頂いたもの。

 

今日私の机の引き出しから引っ張り出してきた はがきの束を皆さんにちょっとご紹介をしましょうこんな機会 があるとは思いもよりませんでした  

高崎の能楽師である 下平さんのはがきがここにあるのか分かりません?下平さんからいただいたものなのかあるいは何らかの鑑賞会の時に販売されていたものか。 でも ここに三枚しか残ってないことは 何枚か誰かにお手紙を出したことだけは確かです

 

先日 赤城山クラフト展で 木工クラフトで小動物を表現している作家さんのブースに販売されていたものです。 一番かわいいなと思っていた 山椒魚の 一枚は誰かに出したんだろうと思います。

 

富士機械 の河川敷で行われている #まえばしcyclocross  という自転車大会の記念の宣伝用のはがきです

 

臨江閣で販売しているはがきです 。これは公用礼状を書くことが多いです

 

前橋駅の写真展の際に購入したはがきです。かなりの数を購入したのでずいぶんこのお手紙をもらった方が多いのではないでしょうか。 そして特に一番下の駅舎の写真は公式礼状に使用させていただきました。

 

前橋で行われたトランポリンワールドカップそれを お手伝いしていただいた方々へのお礼状のはがきの残りです 今もこのはがきでスポーツ関係の方にたまにお便りをお書きします。こんな大きな国際大会を前橋で開催できたことがとても誇らしいことと同時にそれだけのスポーツを応援できる町だよというメッセージを伝えたくて今も使わせていただいています。

 

 

#イワサキヒロシ 作家さんの作品です。郵便局でも販売しています。これは 草軽電鉄は私が生まれた草津温泉と軽井沢をかつて結んでいた山岳鉄道のような鉄道を 描いたものです

 

その作家さんが描かれた前橋の風景。 左上は群馬大学病院 そして左下は日本銀行前橋支店 そして 国体道路の総合スポーツセンター そして右上は昔 明治の時代に前橋で開催した 万国博覧会のような物産共進会の会場の様子と赤城山。これも郵便局で販売中

 

前橋市立朔太郎記念文学館で販売している広瀬川の四季おりおりの組み合わせはがき。

五枚セットです ただ表面に朔太郎の詩があるので文章の量は 本当に一筆だけです。

 

橋本勝さん (日本山岳写真家協会会長)の 自ら御撮りになったさまざまな前橋の風景をはがきにされている。 折々の季節に私にお分けいただいております。 前橋の風景を 発信しようという優しいお気持ちなんだろうと思います。ありがとうございます

 

さまざまな美術館やあるいは展覧会でわたくしが購入させていただいたクリエイターや作家さんの写真です 右には横堀角次郎(岸田劉生と同じ場所で写生会している。前橋市大胡出身)の作品を使ってアーツ前橋で販売したはがきもあります。またエイブルアート・障害を持っている方の作品などいろいろな作家さんの作品を皆さんに届けられることも嬉しいことです

 

工藤強次郎先生はわたくしの小学校の恩師 美術の先生そしてここにやって作品をはがきにしてはわたくしに 送ってくださっています

 

昔よく使っていたのですが最近 もう販売してないのでしょうかバラ園のカラーはがき。ノスタルジックな雰囲気の色合いで好きでした。 残っているのはこの二枚だけです

 

赤城青少年の家の たぶんこれは何かの行事で記念品の中に入っていたものだろうと思います 。青年の周辺の折々の 景色が描かれています

 

前橋 以外でも素敵な絵葉書をいただくことがあります。 富岡世界遺産の記念品の中に入っていたはがき

 

神奈川県 当店 葉山芸術祭でわたくしが回った一軒の 作家さんのアトリエで購入したはがき。 鎌倉の海。 偶然、前橋市平和町郵便局の石井郵便局長さんの友人だったと言うことで 驚いてもいます

 

横浜の野毛商店 観光地でもないのです。何もない景色を取られたただの景色ですが こういう作品がはがきになって売られているとすれば この商店街はとっても面白い

 

一枚しかなく多分このハガキは誰にも送らないだろうなと思っている。以下の3枚。

 

大宮の 盆栽美術館に 埼玉市長の清水さんが案内してくれた時の 購入した一枚です よっぽどの盆栽好きの方々 タイのお礼状には使おうと思いますが なかなかその対象庭で合わないものです。

 

ポートランドのエースホテルでの 一枚 これは買ったのではなく多分ホテルの 備品だったのかもしれません

 

そして最後の一番は 前橋の平和町の郵便局長さんからいただいた 検閲 済みのハンコが押されている 葉書です これちょっと出しづらいですね

 

 

 ここまでお読みいただいて皆さんに

お付き合い大変だったでしょう 。たぶんこの 今日の私の書き込みをほとんどの方が途中で 読むことを辞められていると思います。  それでいいのだと思います。冒頭申し上げましたように ひとりひとりが持っている 生き方のデザインそれって森羅万象さまざまで僕たちが共有するものは意外と少ないんだろうと思います。僕たちは独立したデザイン性、 アイデンティティ の中で生きているのであって 唯一重なるのは生物としての同質だけではないんでしょうか。 だから共有化するための憲法とか理念とか常識とか宗教とか… が 求められているのかもしれません。

 

こうにペンを選び、墨をすり はがきを選びそして言葉を選んで・・・伝えるメッセージ を受け取る皆さんが何を感じるか。それもわからむままにメッセージを発信する。それは山本龍の楽しみであって山本龍のデザイン に合わせた 表現であって それが全ての方々に 届かないことを承知で伝えることに徒労感はありません。なぜならばそれは私個人の価値観であり個人がそこに満足すればいいんだと思っているからです。 長々と記しました。有り難うございます。

 

 

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