最近、鉄のラインバレルと東のエデンっていうアニメにはまってる。
「大切なのはどうすればいいかじゃなく、おまえ自身がどうしたいかだ」っていうセリフが気に入ってる。
登場人物がみんな魅力的で、お互いの理解しきれない葛藤をぶつけ合い、傷つき、やがて分かり合っていく
可能性のあるこの世界は素晴らしいと思った。
だってそうじゃない?
誰も葛藤せず、傷つかないでも分かり合える世界っていうのは、
究極、拡大欲求のみのウイルスたちと同じってことだ。
それじゃ、なんかいやだって思う。
この気持ちが、確かなものなんだ。
ウイルス世界で排除されたのは、感情と、拡大欲求以外の欲求だ。たぶん、これ以外は残る。
ってことは、僕たちと感情や欲求は切っても切り離せないものだ。
必然的に幸福追求をする。
大企業に入りたい。
注目されたい。
世界一のサッカー選手になりたい。
美女と結婚したい。
ぎりぎりまで寝ていたい。
駆け込み乗車したい。
すれ違う美女をチラ見したい。
みんな頑張ってるけど体調が悪いから早退したい。
3億円ほしい。
ケンカがしたい。
倒れるまでお酒が飲みたい。
僕の歌を聴いてほしい。
弁護士になりたい。
みんながこれを追求すれば傷つく人が絶対いる。
人間と感情や欲求をセットで考えると、傷つけ合い、つまり争いも付きまとう。
小林さんは「みんなから好かれようとなんて絶対思うな」と言った。
これが、僕の中で小林さんとまじりあう部分だ。
みんなから好かれたければ死ぬしかない。
死ぬことに嫌悪する人もいるだろう。
じゃあ、みんなからは好かれない。
それでも、誰かを好きになること、好きになってもらうことはできる。
じゃあその誰かと一緒に幸せを追いかけるのが最大限の幸せじゃないかな。
ここに、偏愛主義宣言をする。