量子脳メソッドのブログ -28ページ目

量子脳メソッドのブログ

心の構造と原理を解き明かした統一場心理学。
その実践方法としての量子脳メソッドについて、
分かりやすく解説してゆきます。

 どうせばれるなら、最初から本心でお付き合いした方が良いという話を書いています。

 ところが、本人から見ても、何が自分の本心なのかということが、簡単には分からない場合があります。迷う人の多くは、その時々によって気持ちが変わってしまうので、どれが本当か、確信が持てないのです。

 これに似たことで、「自然にする」というのも、なかなか難題です。肉体的にも、身体のどこかに力が入っていて、自然になれないことが多いからです。もちろん、気持ち的にも特定の感情がずっと続いていて心を支配しているとか、特定の理屈がぐるぐる回っていて、リラックスできないとか、ほとんどの人は自然ではありません。

 もし私たちが、その気になればいつでも自然な心の在り方になれるのであれば、自分の本心もそのときに現れるのではないでしょうか。どうしたら、自然な気持ちになれるのか、どうしたら、それを持続できるのか、そんな問題を考えてみたいと思います。

 この問題を考える上で、混乱することがありますので、その点をまず整理しておくことにします。

 それは、「今、自然な気持ちになる方法」と「いつでも自然な気持ちになりやすい心を作る方法」とは、異なるということです。大抵の人は、心がかなり分断されていますので、理想的に自然な気持ちになるというのは、かなり難しいのです。とりあえず自然な状態ということを考えるなら、それは「普段の私になる」ことを意味しています。

 それに対して、「自然な気持ちになりやすい心を作る」というのは、その「普段の私」の構造、あり方を変えるということでうs。

 この二つは、一見、正反対のことをやります。

 なぜなら、「今、自然な気持ち」は、その場でほっとするとか、その人なりに一番落ち着くなどを目指すのに対して、「落ち着く心を作る」は、色々不愉快な問題を乗り越えて、結果として自然な気持ちになれる心になっているということだからです。

 まず、「今、自然な気持ち」ということについて書くと、それは「ゆるむ」ということと関係が深いと思われます。身体の一つひとつの部位に意識を集中して、筋肉1本1本を緩めてゆくには、まず力を入れてから抜くとやりやすいですね。同じように、感情や思考も、一旦力を入れてから抜くといったことを練習してみましょう。気になることをまず気にして、流れ去って行くのを見るとかです。

 このとき大切なのは、積極的に、能動的に、主体的に緊張と緩和をしてゆくことです。

 4月14日(火)の午後7時から、ミヤマ渋谷東口駅前店の1号室で、量子脳メソッドの体験会(ガイダンス)を実施します。参加費はたった1,000円なのに、コミュニケーションの極意をお伝えします。参加ご希望の方は、infomoment21.com(●を@に替えてください)まで、ご連絡ください。

 ご興味のある方は、アメブロ http://ameblo.jp/qbm11/  や、そこにリンクしている動画、更には「脳が進化する 量子脳メソッド」のメルマガも以下から読者登録をお願いします。

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 話を元に戻して、心が外側に現れるという話です。どうせばれるなら、人を誤魔化さないためには、本心でお付き合いした方が良いということになります。ただ、それほど簡単なことではありません。

 実際には、様々な問題が起きてくることが予想されるからです。

「本心をいつも出していたら、うまくいかないでしょう。」

 まあ、大人であれば、そう言うのではないかと思います。その意味は理解できます。

 ただ、別の可能性もあるのです。

 それは、ほぼ本心で生活しながら、その表現方法を整えるという考え方です。

 そもそも人間は、他に問題がなければ誰とでも仲良くしたくなるうようにできています。そこに損得勘定とか、過去の経緯とか、色々事情があって、ニコニコできなくなる訳です。でも、本質的に仲良くなるようにできていますので、やりようによっては本心を誤魔化さなくても、問題は起こりません。

 日本の文化は、そういったところでは、かなり便利にできています。敬語があるからです。敬語というのは、使い方が難しいと言われているし、実際にも難しい点はあると思いますが、実は、とても便利でもあるのです。

 簡単に言えば、相手の意向に沿う原則に従いながら、自分の意見を言うというものです。

 えばりたい人に対しては、へりくだる表現があるというのは、とりあえず便利ですね。相手の譲歩を引き出したいときに、「・・・様のご厚意におすがりするしかないのですが」みたいなことです。日本人同士は慣れていますので、文字どおりにはならないでしょうが、とりあえずは角が立ちません。

 ちょっと飛躍するかもしれませんが、田中角栄という総理大臣は、ただ一人、社会党の議員からも大切に扱われたと聞きます。彼は、人間関係を絶対に軽んじなかったようです。

 本日、3月14日(月)の午後7時から、ミヤマ渋谷東口駅前店の3号室で、量子脳メソッドの体験会(ガイダンス)を実施します。参加費はたった1,000円なのに、コミュニケーションの極意をお伝えします。参加ご希望の方は、infomoment21.com(●を@に替えてください)まで、ご連絡ください。

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 私は、職業上、多くの人々とお会いしています。それで、玄関の扉を開いた時、目の前の人が何歳くらいのときにどのくらいのダメージを受けたか、凡その見当がつくようになりました。特に目を見ると、様々なことが分かります。

 もちろん、占いではありませんので、当てて見せるなどということはしません。ちゃんとお聞きして、確認すれば良いのですから。ただ、そのくらいのことを知る能力が、私たちにはあるのだと言いたいのです。

 初めてのクライアントさんにお会いして、15分ほど話をすることで、いくつか分かることがあります。

 まず、心理カウンセリングをすべきなのか、教育を必要としているのか。これらは、まるで対応が違いますので、最初に見極める必要があります。心理カウンセリングしかできないカウンセラーに、カウンセリングを任せるのは危険です。最近の傾向として、現代型鬱というのがあります。これは、基本的に子どもの心をもっているので、教育が必要になります。二次的三次的に問題を抱えている場合が少なくないので、心理カウンセリングも同時に必要になります。

 次に、ご本人が本気で変わりたいと思っているかどうかが、問題になります。もちろん、本心から変わりたいと思って頂かないと困るのですが、そうでない場合も少なくありません。「治りたい」「変わりたい」と言われるのに、いかにして変わらずに済むかを実践されている方は、けっこう多いのです。

 このとき、もし自分の役割を「心理カウンセラーである」と固定して、本人が望まないなら関与しないと決めておければ、かなり仕事が楽になります。

 しかし現実には、心全体のバランスがどちらに傾いているかを明確にするのは、そう簡単ではありません。それに加えて、カウンセラーの気持ちとして、簡単に割り切れないこともあります。

 目の前のクライアントが、わずかに「変化したくない」と思う気持ちの方が強い場合でも、もし自分が関与したら何ができるのか、もし関与しなかったらどうなってしまうのか、そんなことを考えない訳にはいかないからです。

 クライアントの人生を考える時、あまりにも大きな落差が見えた場合、何とか関与しようとする気持ちも湧いてきます。

 かなり危険なことではありますが、そんなときにはまず、「変わりたい」気持ちをしっかりもってもらうところから始めます。

 3月14日(月)の午後7時から、ミヤマ渋谷東口駅前店の3号室で、量子脳メソッドの体験会(ガイダンス)を実施します。参加費はたった1,000円なのに、コミュニケーションの極意をお伝えします。参加ご希望の方は、infomoment21.com(●を@に替えてください)まで、ご連絡ください。

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 ことばのカモフラージュ性について、何回か書いてきました。コミュニケーションに関係して、二つのことを書くと言った内の最初のテーマでした。

 ここからは、2番目のテーマについて書いてゆきます。

 それは、コミュニケーションするときの気持ちの問題です。気持ちは、見えます。

 インナー・チャイルドという考え方を世に広めたジョン・ブラッドショーが、「ファミリー・シークレット」という本を書いています。これは、一口に言えば「家族の間の嘘はばれる」という内容です。表面的に黙っていても、ちょっとした表情とか仕草、声の調子で、実は全部ばれているということです。

 但しそれは、必ずしも顕在意識で察知しているという意味ではなくて、潜在意識を含めて、実際にはばれていると言うのです。

 分かり易い例なので、本に書かれているものからいつも例に出している話があります。

 一人のきちんとした身なりの青年が、ブラッドショーを訪ねてきて、「私の父は牧師で、人格者で、街中から尊敬されています。母は、本当に優しくて心づかいが細やかで、理想的な母親です。その絵に描いたような理想的な両親から生まれた私は、なぜか四六時中女性のお尻を追いかけまわしていないといられないような、ダメな男なのです。どうして、理想的な両親から、私の様な男が生まれてしまったのでしょうか」と言うのです。

 そこでブラッドショーは、「次回は、お父さんも一緒に来てもらいなさい」と伝えました。

 どうなったと思いますか。

 次のとき、両親と共に来所した一家に、ブラッドショーはいきなり言います。

「お父さん、浮気されましたね。」

 父親は下を向いて黙ってしまいましたが、母親が話してくれました。

「もう、いいでしょう。実はこの人は、女狂いで、私は毎日泣かされていました。でも、息子の前ではそんな顔をしてはいけないと思い、いつもにこやかに振舞っていたのです。」

 そのため、顕在意識では立派な父親だと思っていたのが、潜在意識では父親の浮気症をしっかり継承してしまっていたのです。

 もし、母親が正直に本人に伝えていれば、息子は息子なりに、何か打つ手があったかもしれません。それでブラッドショーは、家族の間に秘密を作ってはいけないと説くのです。

 家族ほど強烈ではないかもしれませんが、私たちは、絶えずことば以外の情報をやり取りしています。勢いで騙されることはあるかもしれませんが、心を静めて相手をじっと見つめれば、その人がどんな人か、大体の予想はつくはずです。

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 前回に続き、「深い」ということばは、とても様々な使われ方をしています。例えば「深い意味がある」などと言いますが、どんな意味なのでしょうか。多分、「表面に現れにくい割に大きな役割を果たす意味」くらいの意味だと思うのですが、「深い」というとプラスアルファの効果があります。

 ただ、表面に現れないものを大きく言いたがるという傾向が、私たちにはあります。場合によっては、表面的であることが悪いようなニュアンスさえ感じることがあります。

 例えば「リンゴの皮の部分に騙されちゃいけない、中身が大切」みたいなニュアンスで語られることも少なくないと思います。でも、どれが本質という訳ではなくて、皮もリンゴです。

 どうして「深い」ということばに噛みついているのかというと、ごまかすための便利な使われ方をする場合が多いからです。ことば自体に、恨みはありません。(笑)

 何かの目的を遂げられなかったときに、「ダメだったけれども、この経験にも深い意味があった」みたいな使われ方です。慰めるのが悪いとは思いませんが、このことばで締めくくられると、その後の発展性が弱くなるのではないかと危惧します。

「ダメだった! くそー、悔しい! 次はどうしてやろうか」というのが、本来推進力を増す考え方ではないでしょうか。露骨に「悔しい!」と言うと、何か格好悪いと感じるようなのですが、格好を気にする方がずっと格好悪いと思いませんか。特にチームプレーをしているときに恰好を気にする奴は、最低ですよね。

 こうした紛れを生ずる便利な表現、つまりカモフラージュ表現というのは、他にも色々あります。

 例えば、具体的な指標のないところで使う「高度な」という表現、「レベルの高い」などの褒めことば、「卑しい」「卑劣」などの蔑む表現等など。

 以前、議論をしていたときに「君は、自分がいつも正しいと思っているのか」と批判されたことがありました。(どこかに書いたと思いますが)いつもではありませんが、とりあえず今正しいと思わなければ、発言するのはおかしいですよね。矛盾を指摘された時に、直ぐに訂正すれば良いだけのことです。これは、議論で逃げ場を失った人が、相手に反論させない形で抗議するのに便利な表現なのです。

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 例えば、瞑想をやっているような方が、「更に深く瞑想してゆくと・・・」などと言う表現を使うことがあります。ときどき、「いや、俺の瞑想の方が深い」などと競争心を燃やしている方なども居られます。

 このときの「深い」とは、何でしょうか。多くの方が、即答できないかもしれません。即答できないけれども、何となく「深い=価値がある」とか、上等とか、高級、高度、真理に近づいている、卓越した能力を発揮している、超越している・・・等など、けっこう手前みその意味を含ませているのではないでしょうか。

 でも、露骨に「俺は超越しているんだ」と言うと笑われそうなので、「深い」と言った方が無難で格好良いですね。

 量子脳メソッド的に解釈すると、多分、多くのイメージ情報が統合されているために、心が静寂になり、微細な心の動きを察知できる状態での瞑想とか、その安定性に支えられて高度に今に居続けられる状態とか、そんな意味だと思います。(瞑想の種類によって異なります)

 こうした抽象的だけれども何となくぴったりする表現というのは、困ったことがあります。それは、結果だけ描写するのであれば良いのですが、「どうしたらそうなれるのか」を語ることが、ほとんど無理だということなのです。

 自転車の運転を覚え始めた人に、「上手に乗れ」と何百回叫んだところで、何一つ助けにはなりません。「具体的に、それはどういうことか」を説明できないなら、そんな抽象的な言葉で自慢するなよと言いたくなります。また、具体策なしに、或いは具体的な内容を伴わずに言っているのであれば、空手形みたいなものですね。

 便利で実感が湧き易い表現なのですから、使うのは良いけれど、説明を求められたら応えて欲しいものです。

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 今後、コミュニケーションを重視したワークショップを充実させてゆきたいと思っています。このアメブロでは、二つのことを考えてみることにします。

 一つは、ことばの使い方。もう少し具体的に言うなら、ことばの使い方による混乱についてです。前日に書きました、情感と質感の混乱にも、大いに関係があります。

 例えば、こんな文章を読まれて、どんなふうに感じるでしょうか。

「私とAさんとは、とても深い人間関係で結ばれています。」

 一見して、何が問題なのか分からないくらい、意味の明確な文章ですね。でも、そこで単に「分かった」と済ませてしまうのではなくて、もう一つ掘り下げてみたいのです。

 いったい「深い人間関係」とは、何でしょうか。本当に「深い」のですか。もしそうなら、「深い」とは何が深いのでしょうか。

 何か、難癖をつけているようですが、「深い」というのは、何かが深いのではなくて、このことばを使うと、何かぴったりした表現だと感じるだけですよね。お互いに相手を良く理解しているとか、簡単には壊れない関係とか、お互いに好きだとか、そんな意味ではないでしょうか。「深い」ということばを使うと、ある意味では分かり易くなっているように感じますが、「で、どんな関係?」と聞かれても、具体的な内容は分からないと思います。

 では、次の文章はどうでしょうか。

「私は、台本を深く理解してから稽古に入る」

 多分、良く良く理解してから、くらいの意味に近いと思います。強いて言うなら、表面に現れない様々な推論を含む理解でしょうか。微細な表現を見落とさずに、描かれているものを全体として捉えるなどの意味もあるかもしれません。

 人間の棲む社会は複雑なので、こうした抽象的だけれども主観に訴えるような様々な表現が使われています。

 しかし、これは情感軸を主に使った表現なので、議論には使えません。議論は、質感軸を主に使わなければならないからです。議論とまでは言えなくても、かなり難しいこともあります。

 少しの間、この辺の事情を掘り下げてみましょう。

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 情感軸、空間軸、質感軸を、敢えて誤差を承知の上で、簡単に分かり易いことばで言うなら、出来事に関する意味づけ、出来事の事実、出来事に関する論理性となります。私たちの知識は、全て出来事が元になっているのです。ただ、それが目の前の出来事ではなくて、昔のことだったり、ときには未来の予測される出来事である場合もあります。

 例えば、子どもの時に犬に噛まれた出来事に関する情感、怖いという意味づけが、今目の前の子犬に付与されると、大人でも逃げ出したりします。つまり、情感軸が質感軸上で混乱した訳です。

 ライオンが人間を襲う映画を見た人が、動物園でライオンを見て怖くなるかもしれません。場所が違うのですから、情感軸が空間軸上で混乱したことになります。

 情感軸は自由度が高いので、このような混乱が起きやすいのです。

 他の組み合わせはどうでしょうか。

 例えば、同じような気分になったとき、同じことが起きるのではないかと思ってしまうとか、似た気分になったとき、同じところへ居るような幻想に包まれれば、空間軸が情感軸上で混乱したことになります。

 例えば、楽しくすれば良いことが起きると思う等です。

 また、同じ意味づけをしたときに、同じことが起きるはずだという予測をしたら、質感軸(論理)が情感軸上で混乱したことになります。彼は英雄だから、負けるはずがないと思う等です。

 最後の例に関係して、論理性の混乱が、情感軸によって起きることを中心に考えてみましょう。

 人は、ある種の思い込み(固定的意味づけ)をしていると、何度でも同じ失敗をし続けます。情感による意味づけは、「私にとって、・・・は・・・だ」というものですので、それを論理的な意味づけ「客観的に(論理的に)・・・は、・・・だ」と入れ替えてしまえば、うまくいかないのは当然のことです。前者は、内的観点であり、後者は外的観点ですね。

 このとき、情感軸の情報(私にとって・・・)によって、質感軸の情報(論理的に・・・)を置き換えてしまった人に、「それは、情感軸の情報だ」「主観的な判断だ」或いは「内的観点だ」などと言っても、理解できない状態であることが多いです。

 そこで逆に、「それでは、そのことに関する、あなたの個人的、情感的意味づけはどうなっていますか」と聞くと、それに該当する情報がありませんので、初めて前に述べたものが情感であったことに気づくのです。

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 論理性について、従来とは異なることを書いてみたいと思います。

 普通の社会人は、足し算、引き算、掛け算、割り算ができると思います。つまり、論理性は、十分にあるということです。一般的に、論理的な人だとか、感情的な人だとか、色々言われますが、その本質的な要素は何でしょうか。

 論理的でないと言われる人は、感情的な人ですね。感情的とは何でしょうか。それは、ある出来事に対して、必ずしも結びつかなくても良い感情が、頻繁に、強力に出現して、心を占拠してしまうということです。

 これは、論理性そのもの(つまり質感軸)が劣っているというよりも、質感軸と情感軸が混乱しているということですね。結論を言うならば、情感軸が自由に扱えていないということなのです。

 質感軸が暴走するというのは、例えば知性化などで、何でもかんでも論理的に説明しようとするような場合ですね。論理的でない人は、論理の暴走でではなくて、情感が暴走していると言えるでしょう。

 そこで、日本人の弱点である論理性の欠如を補うために、論理性を邪魔している情感軸の内容を眺めてゆくことにします。

 情感軸というのは、一般的に言われている感情の他に、「私にとって、これは・・・である」という意味づけや価値観を含んでいます。例えば、アスリートが試合に負けたときに、「これはこれで、次のステップを登る為には必要だったんだ」などの意味づけをすることがあると思います。論理性も含まれているかもしれませんが、主に情感軸の情報です。他の軸で分断が起きて(この場合は、勝つつもりの試合に負けて、その情報を拒絶したくなり)心が不安定になった時、それを補って安定させるために多用されます。

 試合に負けたという出来事は、主に空間軸の情報であり、自分の意見は、論理的に整合性のないと感じ始めたときは質感軸の問題ですが、それらの軸で不安定になった心を安定させています。

 そのこと自体には、問題はありません。

 しかし、「この負けにも意味があった」というだけで、次の試合のための練習をさぼっていたり、論理的な不備を修正しようとしなかったら、それが問題になるのです。これが、複数の軸の間での混乱だと言えるでしょう。

 空間軸は、最も扱い易い軸ですので、情感が色々あったとしてもそれに負けずに実践で頑張ることは、それほど難しくありません。

 しかし論理性は、空間軸ほど簡単ではありませんので、情感によってかき消されてしまう危険が大きいのです。

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