聖書の言葉です。2/2 | 牧師剣士     (堺育麦キリスト教会牧師)

牧師剣士     (堺育麦キリスト教会牧師)

48歳から28年ぶりに剣道再開。
すっかりはまってしまいました。
57歳で五段をいただきました。長年クリスチャン剣士でしたが、2010年11月に牧師になりました。これからも神と人に仕える者となっていきたいと願っています。剣道修業も続けていきます。

2015823日(日)

今週の暗唱聖句と解説

しかし、わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠のいのちへの水がわき出ます。」

      ヨハネ414

今年の夏は猛暑日が続き、水分補給の大切さを何回も言われていました。

人間にとって「水」ほど大切なものはないでしょう。

漂流した人の本を読むと、水がなくなった時が一番の危機です。のどが渇いて水が飲みたい・・・水が飲みたい・・・」と呻きながら

海水をそのまま飲んではいけない事を知っていながら、のどの渇きが理性を壊し、海水を飲んでしまい、さらに渇いて死んでいく人が多かったと聞きます。

 人はのどの渇きには耐えられないようになっていると思います。

今日の聖句はイエス様が、サマリヤの女と言う方が、砂漠の中の井戸に来て水を汲んでいる時に語られた言葉です。

 ここでイエス様は不思議な事を言われます。ここで乾くと言う事は魂の渇き、霊の渇きを言っていると思います。

 私たちは、お金があって、健康であれば、それが一番幸せ。もう何も欲しいものはないと思うかもしれません。ところが、そうなれば、もう少し高い地位にとか名誉を、家族の愛情を・・・・とキリがないように思うのです。貧乏人の私には、そう言うとひがみのような言葉と思われるかもしれませんが。旧約聖書で知恵と富と力の粋を極めたソロモン王が、「空の空、すべては空」と言っています。

 人がうらやむようなものすべてを得たように見えるソロモン王も、またすべてが空しいと、心の渇きを告白しているのです。

 人の心の中には、神様でしか埋められない穴があると言います。イエス・キリストを信じると言う事は、その心の穴を、キリストの霊でふさいで下さる事です。

 キリストと共にある恵みは、私たちの心の渇きにも、いつも潤いを与えて下さいます。渇きの為に外に何かを求めるのではなく、ご自分の心にイエス・キリストをお迎えする。そこからは永遠のいのちの水がいつまでも中から湧き出しているのです。その命の水の話をぜひ教会に聞きに来てください。