聖書の言葉です。2/2 | 牧師剣士     (堺育麦キリスト教会牧師)

牧師剣士     (堺育麦キリスト教会牧師)

48歳から28年ぶりに剣道再開。
すっかりはまってしまいました。
57歳で五段をいただきました。長年クリスチャン剣士でしたが、2010年11月に牧師になりました。これからも神と人に仕える者となっていきたいと願っています。剣道修業も続けていきます。

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今週の暗唱聖句と解説

『自分の隣人を愛し、自分の敵を憎め』と言われたのを、あなたがたは聞いています。 しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。            マタイ5章43、44節

この言葉は、イエス様が群集に言われた言葉です。「自分の隣人を愛しなさい」と言う事は旧約聖書でも語られている、私たち人間の生きる中心です。

私たちが隣人を愛して生きるならば、それは素晴らしい世界でしょう。

ところが、これが出来る人はいないんじゃないでしょうか。人は自分が可愛く、自分を第一にしてしまうのではないでしょうか・・・・。

それなのに、なんとイエス様は、「自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい」とまで言われるのです。

「敵を愛し!自分を苦しめ迫害する者のために幸いを祈る・・・」誰が出来るでしょうか。

 それでは、私たちは自分の敵を憎み、敵の不幸を憎しみを込めて祈る事が幸せなのでしょうか。それは一時の感情を満足させるかもしれませんが、永遠の満足ではありません。

 私たちは人間として人を愛し、自分の敵をさえ愛せる者にしていただく事が出来る事を望むのではないでしょうか。この聖書の言葉の前にはイエス様はこの様に具体的な言葉で私たちに語りかけておられます。

しかし、わたしはあなたがたに言います。悪い者に手向かってはいけません。あなたの右の頬を打つような者には、左の頬も向けなさい。

あなたを告訴して下着を取ろうとする者には、上着もやりなさい。

あなたに一ミリオン(1480m)行けと強いるような者とは、いっしょに二ミリオン行きなさい。 求める者には与え、借りようとする者は断らないようにしなさい。 

こんな人になりたい!!!。でも自分の力では絶対にできません。自分の弱さをイエス様の前に正直に告白し、罪赦されるところから、私たちはイエス様のお言葉に従えるものになるのです。それは生きている間ずっと失敗し続けるのですが、少しづつ変えられていくのです。