なんだかんだ。 -20ページ目

なんだかんだ。

映画や感じたことなど。
残していきます。
いまんとこ大学生。

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年末だし、振り返りはこの映画でいかがでしょう。


「6才のボクが、大人になるまで。」



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何も知らない人にとりあえずいっておきたいことは、この映画は確実に歴史に残るということ。



なぜなら12年間にわたって同じ俳優(母、娘、息子(主人公)、元父)を撮り続けて一本の映画にしたから。


あとは説明しないので、ご想像にお任せします。


発想としてはよくあるけどね。

余談だけど、松本人志さんも放送室(放送作家の高須さんとやっていたラジオ)で同じような発想を提案していたし。

これを実現させたのがすごすぎるというわけです。



リチャード・リンクレイターといえば「ビフォア サンライズ 恋人までの距離」から続くビフォアシリーズ3部作で、同じように時間の流れを感じさせる監督として有名。

ビフォアシリーズは1作目が1995年公開で、2作目・3作目が毎回9年ごとに公開され(3作目の「ビフォア・ミッドナイト」は2013年公開)、なおかつ主演はジュリー・デルピーとイーサンホークの2人で変わらないという世にも珍しいシリーズ。

つまりどういうことかというと、画面の中で2人も確実に年を重ねているということ。

とにかく名作なので、この「6才のボクが、大人になるまで。」より断然観てください(支離滅裂)。


さて話は戻って、そんなリチャード・リンクレイター監督はこの「6才のボクが、大人になるまで。」という映画で何を言いたかったのか















ここからネタバレを気にしない考察なので、未見の方はお気を付けください。











 

リチャード・リンクレイター監督はこの映画を通して“人生そのもの”を切り取り、そこにあるすばらしさを示したかったのではないかと思う。


この映画において劇的なドラマなどは存在しないし、監督もそのようなストーリーを避けたようだ。

そのようなことは、サマンサ演じるローレライ・リンクレイターが、途中でこの映画を降板することを希望し、そのために「映画内で私を殺してくれ。」という主旨のことを監督に申し出たらしいが、それを監督は断っているという話から判断できる。



 そしてこの映画内で主人公メイソンの母が人生を振り返り、彼女の人生において大きな事件といえば結婚・出産・離婚、そして修士号を取り念願の職に就き、娘と息子を大学へ送り出したことしかなかったと嘆くシーンがある。あとに残るのは葬式だけというのである。彼女は人生を振り返り、自分の人生が平凡でつまらないものであると絶望したのだ。


これに対する一種の回答がラストのメイソンと友人の会話であると思うのだが、それよりもこの映画自体が一種の回答になっていると考えられるので、そちらの考察を。


この映画はどのようなメッセージを体現しているのか。

それは、


人生はこの映画が描くように平凡で何気ないものであるが、同時にこのような平凡で何気ない日常を切り取ったものが映画になっているということもまた事実であるということだ。


この映画はメイソンの何気ない日常を描いたものだが、そこには確かに出会いや別れ、その他にもいろいろな出来事が描かれている。それは確かに平凡なことである。しかしそれは同時に、先ほども述べたように映画にできるほどにドラマチックな物語でもあるのだ。


リチャード・リンクレイター監督は長年同じ人物を撮り続け、平凡な人生を描いた作品に仕上げることによって、このような事実を示したかったのではないだろうか。



また、話は変わるがこの映画には最初に述べたビフォアシリーズと一貫している部分も垣間見える。

ビフォアシリーズを観ていない人は名作なのでとりあえず観てほしいのだけど、この映画とは“念願の物を手に入れることが本当に幸せなのか”という問いかけの部分がビフォアシリーズと共通している。

「6才のボクが、大人になるまで。」を観た人は、そんな場面あったか?と思うかもしれないけど、終盤の母の後悔はまさにそれだと思う。念願の修士号を取った母があのような後悔に苛まれるのだから。


これはリチャード・リンクレイター監督の根本にある一貫したテーマなのかと思わされる(どちらかというと年をとってそんな考え方にたどり着いたという印象の方が強いけど)。



そんな監督考察は置いておいて、この「6才のボクが、大人になるまで。」で1年、というか人生を振り返ってみるのはどうでしょう。

個人的には今年1年何があったのか全く思い出せないので、来年からはできるだけ記憶を呼び起こすような写真を撮っていって、1年の振り返りに備えたいと考えております(だからどした)