『ババドック~暗闇の魔物』
本作の予告編は下の画像をクリック
ひっさびさのホラー。
そこそこ楽しめました。
ハリウッド的な心臓に悪い系のホラーというよりも、どちらかというと俗に言うジャパニーズホラー的なじわじわ雰囲気系のホラーなので、苦手な人も観やすくなってるので是非どうぞ。
話は本作『ババドック~暗闇の魔物~』に戻って、
タイトルにもなっているババドックとはそもそもどんなのでしょう。
こんなの。
絵本の中に出てくる魔物というか、そういう存在。
ちなみにこの映画、母親と子供の話しなんだけど、この映画に出てくる子供はダニエル・ヘンシュオール、
こんな子。
ババドックに似てない?
ババドックはこの子をキャスティングしてからできたんじゃないかと勝手に思ったり。
というのもこの映画、
母親の辛さを描いた映画
だと思うから。
違うとしたら、ある女が母親になる話。でもなければ愛する人の死別を認める映画。どれも違うかったらごめんなさい。
キューブリック監督の『シャイニング』(というかスティーブン・キング原作小説『シャイニング』)は作家の苦悩を比喩したホラー作品。
フリードキン監督の『エクソシスト』は思春期の少女を比喩したホラー作品。
ならば、この『ババドック~暗闇の魔物~』は何を比喩した映画か。
もうブログタイトルでネタバレしてるけど、以下でネタバレ気にせず考察。
以下、ネタバレ気にしていないので観てからどうぞ。
お前に良いことを教えてやろう。
否定すればするほど、私は強大になる。
私が中に入ったら、お前の中で私は成長する。
さぁ見るのだ。お前が一体どうなるのか。
というのは、『ミスタ-ババドック』という絵本の中で出てくる言葉。
この映画の主人公は、夫を亡くして一人になった母親。そしてその子供。
つまり母子家庭内で繰り広げられるホラー。
とにかく描かれ続ける子供の無邪気さ。
とにかく叫ぶ息子。とにかく暴れる息子。学校では問題児扱いの息子。誰かを怪我させる息子。夜中に起きては、怪物がいないか一緒に見回りさせる息子。そして絵本を読むことをせがむ息子。
この息子の描写がすごい不穏で、正直観てるこちらも子供へのイライラは拭えない。
さらに、父親の命日と子供の誕生日は同日。
御産に立ち合おうと駆け付ける途中で旦那は交通事故で亡くなったからだ。
そのため息子の誕生日を当日に祝うことを母親はしてこなかった。
そんな毎日を過ごしている中、いつものように息子にせがまれて絵本を読む。しかしその晩、息子が持って来たのは「ミスターババドック」という飛び出す絵本。
そして上でも引用したように「ミスターババドック」は言う。
そして母親はババドックに憑りつかれ、犬を殺し、息子にも手をかけようとするのだ。
しかし、これが母親のヒステリーにしか見えない。
母親は何かを否定し続けることによってヒステリーに陥ったのだ。
何を否定し続けているのか。何を認めたくなかったのか。
母親であること。
夫が死んだこと。
息子。
この中のどれか、またはすべてなんじゃないかと個人的には思う。
しかしラストでは、否定することを止め、認めることができる。
ラストで母親が地下室でババドックを飼いならしている描写があるが、これは”母親の苦悩”を飼いならしている描写ではないか。
この描写は、苦悩を飼いならしていることを示唆していると同時に、またいつ苦悩が暴走するかわからないことも示唆しているように思えてならない。
なにはともあれ、描かれているのは”母親であることの苦悩”ではないのか。
昨今、子供目線での虐待は叫ばれるが、母親の目線に立った意見を聞くことはあまりない。
この映画はそんな今の世の中で生み出された、ささやかな母親への応援歌なのだ。
母親も一人の人間であり、イライラすれば認めたくないこともある。そんなことをホラーテイストで描き出した映画がこの『ババドック~暗闇の魔物』ではないのか。
虐待において子供目線で問題を考えることも大切だが、同時に母親目線で考えることも同じぐらい大切だ。
そんな想いでこの映画が作られたように思えてならない。
観るべし。
余談だけど、同じような想いを歌ったRHYMESTERの『Hands』が思い出される。
以下、サビの歌詞引用
差し伸べよう
握りしめた手のひら拡げて
生まれたての命のSOS
消える前に閉ざされた扉拡げて
差し伸べよう
握りしめた手のひら拡げて
生まれたての母性のSOS
消える前に差し伸べよう
すごい大人な意見満載な歌詞なので興味がある人は聴いてみて下さいな。







