「空気が読めない」原因の1つに"行間を読む能力の低さ"というものが挙げられる。
これはもっと言えば"想像力の低さ"だ。
早速本題に入るけど、何故映画を観れば空気が読めるようになるのか。
それは「映画は本来、想像力をフルに働かせて楽しむもの」だからだ。
もちろん雰囲気を楽しむ映画もあって良いと思うのだが、映画の作り方は本来「画面や俳優の行動にメッセージを込める」ものであり、それだけに観る側にもそのような監督の意図を想像することが求められている。
だから、映画を観れば想像力は働き、必然的に鍛えられるということだ。そして想像力が鍛えられれば「空気が読めるようになる」ということですね。
逆に言えば、想像力が低いと楽しめる映画の範囲が狭まるということもあると思うのだが、その話は置いておこう。
ここで、
「映画楽しめるし、私は想像力あるのかも」
とか
「私空気読めるし大丈夫だわ。」
と思った人も無関係では無い可能性があることを言っておきたい。
少し映画を観る人たちの間で、昨今の大人気な日本映画に対する批判的な意見はどのようなものが多いか知っていますか?
大抵は
「感情や思ったこと全て、セリフで説明していく」
という意見だ。
上でも述べたように、映画は本来想像力をフルに働かせて楽しむもの。
悲しいなら、嬉しいなら、それをセリフでは無く、画面に示さなければならない。そうしなければ映画の奥行きが失われてしまうからだ。
今だに全世界で熱狂的な旋風を巻き起こしている
「マッドマックス 怒りのデス・ロード」
この作品は何故ここまで評価されているのだろうか。
その理由の1つに、監督が徹底的にセリフを少なくしサイレント映画(セリフのない映画)としても楽しめるように試行錯誤したという点が挙げられる。
それによって与えられた奥行きが、全世界に共感を与え、全世界を楽しませている要因の1つだ。
(前に書いた記事を再掲。自分なりに名作について記したものです。若干マッドマックスにも触れてます。http://s.ameblo.jp/ryothis/entry-12079300268.html)
しかし、今日本で大人気な日本映画の現状がこんな体たらくであることも事実。作品名はあげないけど、例えば、あの堀北真希が田舎娘を演じたあれとか、あの最近の有名アニメ作品とかも言われてます。
これは果たして映画製作する側が悪いのか?
違うかもしれない。
「観る側の想像力が圧倒的に足りていない」
という要素が少なからずあるのではないだろうか。
どういうことかわかりますか?
簡単に言えば
「観る側に想像力が無いんだから、セリフで言っていくしかないでしょ(´Д` )」
という製作者側の諦めかもしれないということ。
ここまで言ってきて、結局何が言いたいかというとね、
いちいち説明ゼリフがやたらめったら多い日本の映画が大人気ということは、自分では想像力があると自負していても、実は結構想像力が低いということがあるかもしれない。
ということ。
意外と無関係では無いことはわかりますか?
そして、想像力が低いということは「空気が読めない」ということをもう一度思い出してみてほしい。もっと言えば、想像力が低ければ人に優しくするなんてこともできないと、自論ではあるが思う。
想像力が低い原因はなんだろう。
全ての感情を吐露するSNSの存在かもしれないし、そうでも無いかもしれない。そもそも、人間は想像力という能力の初期値は低いのかもしれない。その値の成長が近年はSNSによって阻害されてるのかもしれない。
原因はわからない。
完璧な原因を見付けることはほぼ不可能だろう。
でも鍛えることはできるよね?
空気読めるようになりたいよね?
人に優しくありたいよね?
映画を観ればいいんですね。
だから何が言いたいかというとね
みんな映画観ようよ( ´ ▽ ` )
ということですね。