渡部遼介オフィシャルブログ「Ryosuke’ Note」powered by アメブロ -194ページ目

満足してしまったら、成長はなくなる。

なにかを達成していくとき、ぼくらは繰り返し繰り返し、失敗や成功を重ねながら進んでいく。

あのときああしたら良かったんじゃないか、こうしたらもっと違った結果が待っていたんじゃないか。

・・・満足してしまったら、成長はなくなる。



もっとも気をつけなければいけないとしたら、ぼくは最後の1行だと思う。


なにか、渇望(かつぼう)していなければならないという不安。

それに背中を押され、漠然(ばくぜん)と焦燥感(しょうそうかん)を抱き続ける。

なにをそんなに焦っているのかと尋(たず)ねても、首を横に振るだけ。


つまり、焦(あせ)るために、焦っているだけ。


ただWS(ワークショップ)に通い続ける。
ただ脚本を改稿(かいこう)してみる。


それらは、じぶんを誤魔化(ごまか)すための手段に過ぎない。


それなら、好きな人に猛(もう)アタックして人生経験を積み重ねるとか。もっと、やるべきことなんていくらでもある。

そんなむいるふぁ。

今年のACL(アジアクラブリーグ)チャンピオンは、城南一和(そんなむいるふぁ)。

これいつになったら覚えられるんだろ。。。
あんまり新聞を見ても、読み仮名を振られてないような気がする。


国立競技場に行ってきました。

TV慣れしたこの脳には、正直解説なしには飽きてしまう時間もあったけれど。そのぶん走るスピードとか判断力の速さとか、津波のように襲いかかるフォーメーションとか。やはり同じ次元で観てないと判らないことも多かった。


そして優勝が決まりクィーンの曲が流れるなか、だらだらと優勝トロフィーが渡され。。。いやけっしてそんな訳ないと思うが、そっぽを向いた祝賀風景をなんの解説もないなか取り残されているような、そんなゴールネット裏。

選手が場内を一周し、紙吹雪と呼ぶにはキラキラした破片が吹き出され。。。


あ、ウイイレだ、と思った。


もういちど選手たちが韓国サポーターのいるこちらへやってきて、こんどはトロフィーを見せびらかしている。同じ曲が繰り返し流れるなか、プレゼントのボールを蹴り込んだりカメラマンを押しのけて、かれらの至近距離で延々と喜んでいる。


日本のチームでもない。そしてW杯とはあきらかに違う。観客のはんぶんはもう帰途(きと)につき始めている。ぼくは拍手もせず、眺めていた。




これだけの喜びがあるのなら、ほかのたいていのものはたいしたことないんじゃないか。


ふと、なぜかそう思った。


大きな競技場のなかすでに客席も寂しくなり、それでも一部のサポーターと喜びを分かち合っている韓国の選手たちを見て、遠巻きにしているぼくは我が身を振り返る。


俳優はこれだけのものをはたして観客に与えられているのだろうか。


業界のせい、運命のせいにして言い訳をして縮こまっていることに、はたしてなんの意味があるのか。



かれらの突き抜けた姿をみて、なんだかじぶんが恥ずかしくなり、だれの顔も見られず、時間を止めてずっと眺めていた。

リーダーの大前提

リーダーとして他人を導くには、納得させることが必要だと思う。


もしそれに自信が持てないなら、恐がらせる(口を挟めないオーラを出すとか?)しかないだろう。