渡部遼介オフィシャルブログ「Ryosuke’ Note」powered by アメブロ -18ページ目

ブレイン・ストーミング潰(つぶ)し

会話には相手がいるわけで。

もしじぶんに場を活性化させるスキルがあれば、みなわくわくして好きなことを話してくれるだろう。


しかしいったん水をぶっかけてしまえば、もう燃えることはない。


本能として身を守る習慣は、ときとしてだれかを簡単に傷つける。
後づけの理論で責めたのなら、なおさらだ。



けれど、だれも、指摘してはくれない。



その価値すら認められていないのだから。



ぼくはじぶんの意見を言う。
でもそれは、他人に言うことを聞かせる、Yesと言わせるためじゃない。


それよりもっと良いアイディアがあるよ! とだれかが手を上げてくれるのを期待してのことだ。


セリフは、きっと、言った後が大事なんだ。

明日はアルファレオン最終審査

明日はこちらでもお報せしていた、所属事務所の新人育成部門”アルファレオン”の最終審査です。

弊社を代表する"俳優(女優)"が実際にシーンの相手役となります。演技はリアクションですから、俳優以外が共演者ではじっさいの演技に支障がでるためです。

ポテンシャルを引き出し合わなければ、審査するほうも判断できません。

当日わたしはお手伝いにうかがいますが、今までオファーがあっても適材なく事務所が断っていた役を掴(つか)み取れる年代、あるいはキャラクターが現れることを期待してます。

手弁当(てべんとう)

久しぶりに自主映画の上映会へ行ってきました。

ビデオカメラが若いひとたちの手にもようやく届くようになったころ、当時20代だったぼくは何のツテも無く、ただただ多くの作品に出まくっていました。
きょうはあのときと同じように玉石混交のなか、あのときと同じようにほんのいくつかだけ興味の惹かれる作品がありました。

ひとつの映画を完成させるのには、短編でも困難をともないます。
予算のないなか有志を集い、手分けしてひとつのモノを作り上げます。

当たり前のことなどありません。

きちんとギャラの発生しない現場ほど、ひとはそれに匹敵するなにかを探します。
それはもちろん、ひとそれぞれです。

むしろ支払ったほうがなにかと面倒がなかった、ということも少なくありません。


それでも現場に駆けつけ、上映会に顔を出してくれるひとたちがいる。


そういうかれらに感謝こそすれ、参加しないひとにネガティブな感情を抱いてはいけません。
負の連鎖が絆を裂いていくのを数多く見てきました。

きょうはふと、そんなことを思い出していました。