渡部遼介オフィシャルブログ「Ryosuke’ Note」powered by アメブロ -159ページ目

板(いた)の下の作業、板の上の作業。

陰口(かげぐち)

なんにんかで共同作業をしているとき、すべてが永遠に、順調に行くことはほとんどないだろう。


そしてそのとき、直接当人へ指摘するのが、かならずしも最優先であるとは思わない。




それを”陰口”と見られる可能性のあることは容易に想像がつく。



でも、ちょっと違う気もする。




もちろん指摘して、よくなるのがいちばんいい。

だがそのことを根に持たれ、腐られては元も子もない。



聞く力、というのはあると思うから。


あまつさえ、売り言葉に買い言葉では、そのリスクも大きすぎるというものだ。




まずはまわりがそれを許容できるか。

むしろ、長所・メリットに変えられないか。

そもそも、じぶんが間違っているということはないのか。




”陰口”とは、生産性もなく、ただ裏でストレスを発散しているだけ。




それと混同して、口をつぐんでいてもけっしていいものはできないだろう。

サッカーでも野球でも、いいチームは練習中から忌憚(きたん)なく声を掛け合っている。



ちなみに個人的には、いいと思った瞬間には迷わず声を掛けるようにしている。

TVのニュースもそうだが、たいていはネガティブな情報ばかりに目がいくもの。



まず喜ばないひとはいないし、本当はそれくらいでバランスが取れている気がする。

ノープラン?

なるべく、多くの印象を聞きたい。



じぶんを完全に客観視することはできないから。



たしかに指摘され、怒りだしたり不機嫌になるひとも少なくないだろう。

だがすくなくともぼくの場合、じぶんの経験値、じぶんのセンスだけで一生役者をやりたくはない。



すべてのアイディアを受け入れることはできないだろう。

相手にも労力のかかることだろう。



それでもコミュニケーションはとても大切なはずだ。



いま、ノープランじゃないの? と思われるくらい、聞きまくっている。




もちろんすでに完成はしている。



でも、だからこそ、欲しいのだ。



じぶんと違う視点が。



身内には、恥も外聞もない。

旧知の仲間内でなければ、こうはしていない。

だから、いつもと違うチャンスなんだ。



個人的にはなるべく話し合いをするようにしている。


ただ、必要と感じないひとに、そうしてはいけないとは思う。



それでも、じぶんと違う意見は、大・大歓迎だ。