やっている意味がない。
じぶんが楽しくなければ、やっている意味がない。
観客が満足してくれなければ、やっている意味がない。
仕事として成立しなければ、やっている意味がない。
稼いで生活できなければ、やっている意味がない。
ともに歩いてくれるひとも生活できなければ、やっている意味がない。
他人よりいい暮らしができなければ、やっている意味がない。
有名にならなければ、やっている意味がない。
やっている意味がない。
ネガティブに聞こえるけれど、じぶんの最低限の立ち位置をつねに自問している。
このなかに唯一の正解はない。
そして、どれも間違ってはいない。
しかし、その違いは大きい。
観客が満足してくれなければ、やっている意味がない。
仕事として成立しなければ、やっている意味がない。
稼いで生活できなければ、やっている意味がない。
ともに歩いてくれるひとも生活できなければ、やっている意味がない。
他人よりいい暮らしができなければ、やっている意味がない。
有名にならなければ、やっている意味がない。
やっている意味がない。
ネガティブに聞こえるけれど、じぶんの最低限の立ち位置をつねに自問している。
このなかに唯一の正解はない。
そして、どれも間違ってはいない。
しかし、その違いは大きい。
葉桜(はざくら)
毎年、桜の中に葉が混じりはじめると、なにか取り返しのつかない、とてつもなくおおきな忘れ物をしたような気持ちになる。
年齢を重ねていくうちに、取り戻せないモノの多さにひざをつきそうになる。
けれど、毎日は意外にあふれていて、去年できそうもないと諦めかけていたことさえ、今はぼくの人生になじんでいる。
間違いなく、いつだって、じぶんで変えられることは少なくない。
考えてみれば、桜もまた来年の今頃、きっと花開く。
1年なんて、目をつむって開いたらすぐだ。
それを儚(はかな)いと思うか、焦りと感じるか、または希望と受け止められるのか。
年齢を重ねていくうちに、取り戻せないモノの多さにひざをつきそうになる。
けれど、毎日は意外にあふれていて、去年できそうもないと諦めかけていたことさえ、今はぼくの人生になじんでいる。
間違いなく、いつだって、じぶんで変えられることは少なくない。
考えてみれば、桜もまた来年の今頃、きっと花開く。
1年なんて、目をつむって開いたらすぐだ。
それを儚(はかな)いと思うか、焦りと感じるか、または希望と受け止められるのか。
どちらに優しいのか
ひとつの作品ができあがるとき、目に見えない大勢のひとたちがかかわっている。
もっと言えば、だれを見せてだれを見せないかも演出のひとつであって。
そして、ぼくたちはつねに前者の側にいる。
しかし、だれもがその権利を持っているわけではない。
そして、その資質を持ちえている人材はたぶん少ない。
満たされない器があれば、それを疑問視するのは当然 であって。
それを、フォローするのはいつでも美しい。
ぼくたちは仲間だ。
みなで同じ方向を向いている。
争いはやめよう。
お互いの問題を指摘するのはやめよう。
ぼくたちは優しい。
その考えが、観客にとってはいちばん優しくない。
もっと言えば、だれを見せてだれを見せないかも演出のひとつであって。
そして、ぼくたちはつねに前者の側にいる。
しかし、だれもがその権利を持っているわけではない。
そして、その資質を持ちえている人材はたぶん少ない。
満たされない器があれば、それを疑問視するのは当然 であって。
それを、フォローするのはいつでも美しい。
ぼくたちは仲間だ。
みなで同じ方向を向いている。
争いはやめよう。
お互いの問題を指摘するのはやめよう。
ぼくたちは優しい。
その考えが、観客にとってはいちばん優しくない。