どちらに優しいのか
ひとつの作品ができあがるとき、目に見えない大勢のひとたちがかかわっている。
もっと言えば、だれを見せてだれを見せないかも演出のひとつであって。
そして、ぼくたちはつねに前者の側にいる。
しかし、だれもがその権利を持っているわけではない。
そして、その資質を持ちえている人材はたぶん少ない。
満たされない器があれば、それを疑問視するのは当然であって。
それを、フォローするのはいつでも美しい。
ぼくたちは仲間だ。
みなで同じ方向を向いている。
争いはやめよう。
お互いの問題を指摘するのはやめよう。
ぼくたちは優しい。
その考えが、観客にとってはいちばん優しくない。
もっと言えば、だれを見せてだれを見せないかも演出のひとつであって。
そして、ぼくたちはつねに前者の側にいる。
しかし、だれもがその権利を持っているわけではない。
そして、その資質を持ちえている人材はたぶん少ない。
満たされない器があれば、それを疑問視するのは当然であって。
それを、フォローするのはいつでも美しい。
ぼくたちは仲間だ。
みなで同じ方向を向いている。
争いはやめよう。
お互いの問題を指摘するのはやめよう。
ぼくたちは優しい。
その考えが、観客にとってはいちばん優しくない。