KYBによるデータ改竄事件を耳にして、2005年の姉歯秀次による構造計算書偽造事件(耐震偽装事件)を思い出した。
日本中を震撼させ、国会に於ける証人喚問まで行われたこの事件によって、建築士の設計による建築物の耐震強度に関連した、社会全般からの安全性への信頼は完全に失墜し、建設業界、とりわけ建築設計の世界に激震を惹き起こした。そして、単一民族国家であるというバックボーンに裏打ちされた性善説を前提に、それまで解釈次第では半機械的とも言える手段で粛々と行われていた設計図面と構造計算書の審査と許認可も完全に説得力を失った。さらに、事件が露呈する直前まで、利便性と合理性に即した結果として、正式に認可された民間審査機関の誕生により更なる簡素化が進められていた建築確認申請は、一転して厳粛な審査を伴うものとなった。
2006年に設計事務所を営むことになった俺は、独立早々斯様な大改革の影響をダイレクトに蒙ることになった。それまで平均して一週間程度で認可が下りていた確認申請は、二ヶ月を過ぎても審査が遅々として進まず、「県内で許認可が下りた三階建住宅の申請は、法改正後いまだ一件も存在していない」、あるいは「今のところ提出された構造計算書を解析する計算ソフトは開発されておらず、審査機関の如何なる人間も新基準による審査の術がまったく解っていない」という信憑性の高い噂も聞こえてきた。従前は必要のなかった多くの精細かつ限りなく無駄な図面と書類を高圧的に要求され、それまで愛想のよかった民間審査機関の担当者の顔つきが豹変した。こちらも、審査を通すためだけの、書き込みが急増した図面を作成するために眠れない夜が何日も続き、ときをおかず自律神経に影響が出た。
実際に現場で建物を作りあげる製作図、設計図書としてはまったく不必要な、審査官を満足させることだけが目的の、図面と書類の作成に要する時間を、デザインに、間取りに、まったく別の意味合いで図面の完成度を上げてクライアントの信頼と安心を高めることに使いたいと、心からそう願った――。
俺が僅か一年で事務所を閉鎖し、現在の人生を歩むようになったのは、ひとえに姉歯秀次という、人間の善意を利用した、たった一人の極悪人が行った悪魔の所業の結果である。事件から13年の年月が経ち、現在、事件関係者としての彼の名前は基本的に伏せられているようだが、少なくとも俺の中で、姉歯秀次は永久に犯罪者のままである。
今回の問題にニュースで触れて、久しぶりに背筋に悪寒が走った。
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