「あれが起こる前の世界だとか、時空のゆがみだとか、言葉の意味を飲み込めないのだが」
「先生が理解に苦しむのはよく分かります。けれど、先生の目の前に見えている町がすべてを語っているはずです。失われた町、21世紀のポンペイが目の前に広がっているではないですか。先生、軒下のタンポポに触れてください。思い切り空気を吸ってください。これが幻想ではないことが分かるはずです」

アンディは素直に言われたままにした。タンポポは確かにその存在を指先に伝えてきたし、地方の小都市の外れにあるこの町の匂いは、大都会東京のものとは明らかに違っていた。
「なぜ、俺を呼んだのだ」
「どこから話せばよいのか……」言葉が途切れ、遠くで車の走り去る音がした。アンディは声の主を捜すように、空を見上げた。
「先生は気がつきませんでしたか」
「気づく? なにをだ」
「この町の危険性についてです」
「分かっていれば知らせている。そのことに、君は気づいていたと?」
「はい。僕の出したデータが、微かではありましたが危険を知らせていました」
「では、なんで公表しなかったのだ」
「公表するだけの確証がなかったのです。それにここは、僕の故郷なんです」
また声は黙り込んだ。木の枝から雀たちが飛び立ち、静かな町にしばしざわめきをもたらした。

「父母と、弟夫婦と子供たちが住んでいました」
「うん」と小さく頷き、アンディは話を促した。
「姪っ子がふたりに甥っ子がひとりです。長女は小学校3年生でした。長男が小学一年生、次女が幼稚園の年中さんでした。可愛い盛りでした。友人たちも家庭を持って暮らしていました。だからこそ、否定したかったのです」
「話を戻そう。なぜ俺を呼んだのか、というところへ」
「先生はその道の権威です」
「そんなことはない。今回のことで、役立たずだったことを晒した未熟者に過ぎない」
「いえ、僕には先生の力が必要なんです」
「俺に何かしてほしいのか」
「はい。東京に戻って、僕の大学の研究室を訪ねて欲しいのです。もしも先生が、僕のデータと同じ事を口にしたとしたら、僕は公表に踏み切ったはずです」
「背中を押せと」
「はい。それをお願いしたいのです。先生がいまいるこの世界の日時は、僕がそのデータを眺めながら頭を悩ませていた時です」
「俺の車は、あるのか」
「いえ、先生の車は東京にあります。ですから電車で行って欲しいのです」
「分かった」これが夢の中の話だとはとても思えなかった。
「もしもだが、公表せよという俺の意見を、君が断る可能性もあるんじゃないのか」
「いえ、先生は僕の目標であり、憧れでしたから、自分のデータと同じ見解を持っていたとしたら、意を決することは間違いありません」
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