「そうそう、憶えてるかい美紀子。あの夏は暑かったね。ほら、二人で神宮のプールに行った日だよ。あれが初めてのデートだったな。あのプール、もうなくなっちゃったんだよね」
俺は日差しの眩しい窓外に視線を向けた。

「これ、あっちゃんのバイク?」
「そだよ」
「おっきい!」
「だから言ったじゃん、ホンダのCBナナハンだって」
駅前に止めたホンダのCB750FOURは俺の自慢だった。

「CBナナハンっておっきいんだ」
「というか、CBは型番だから関係なくて、ナナハンが排気量750㏄って意味だから大きいんだよ。さ、後ろに乗りなよ」
ビーチサンダルに短パンにボーダーのTシャツ。そしてなぜだかおっきい麦わら帽子の君は、俺のバイクを驚きの表情で見つめたまま、黒目がちの目を瞬(しばたた)いていた。
「帽子はさ、バッグにしまいなよ」俺はヘルメットを渡した。
「あっちゃん、短パンじゃないんだね」君は俺の足元を見た。
「これ空冷エンジンだから熱いんだよ。とても短パンなんて穿いてられない。火傷しちゃうよ」
「そうなんだ」君はちょっと痛そうな顔をした。
こんな平日の朝っぱらからプールに人がいるの? 君はそう尋ねた。
腕時計を見るまでもなく、プールは9時にオープンするから、今は8時ちょっと過ぎ。
夏休みだからいるんじゃないの。それにさ、水商売のきれいなお姉さんたちがいたりするよ。俺がそう答えると君は少し複雑な顔をした。
バスタオル敷いてさ、ちょっと泳いで、音楽を聴いてさ、読書するんだ。ほら、ほら、今日だって持ってるんだ。ウエストバッグの中から文庫本を引っ張り出した。
でもさ、日差しの下で読んでると目がくらくらしてくるんだよ。美紀ちゃんはしない?
ふーん、そうなんだ、俺だけかなあ……俺はなんだか饒舌になった。嘘をついているわけでもないのに。
「しっかりつかまって」俺の声に君は背中にしがみついた。
ヴォン、ヴォン。俺はクラッチを握ったまま右ハンドルを回して空ぶかしをした。
「行くぜ!」
「はい」
クラッチを離しながら右ハンドルをゆっくりと回すと、CB750は快調に走り出した。そのパワーに腕だけが持っていかれる。
Tシャツ一枚の背中に当たる君の胸は、想像していたより柔らかくはなかった。さては、もう水着を着こんでいるな。
「もっとぎゅっとしがみついて!」
「はい! あっちゃん、ゆっくり走ってね!」
「はい!」
誰に話しかけられることもない。誰に邪魔されることもない二人だけの時間が、始まった。
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