風神 あ~る・ベルンハルトJrの「夜更けのラプソディ」 -86ページ目

星新一の自選作品集「ボッコちゃん」の中にそれはあった。

タイトルを忘れてしまい調べてみたところ、それは「おーい でてこーい」という作品で、星新一の初期のころの代表作とされるらしい。初出は1958年となっている。

星新一のショートショート集は何冊も読んだけど、この物語だけが心に残り続けた。



スマートなユーモア、ユニークな着想、シャープな諷刺にあふれ、光り輝く小宇宙群! 日本SFのパイオニア星新一のショートショート集。

表題作品をはじめ「おーい でてこーい」「殺し屋ですのよ」「月の光」「暑さ」「不眠症」「ねらわれた星」「冬の蝶」「鏡」「親善キッス」「マネー・エイジ」「ゆきとどいた生活」「よごれている本」など、とても楽しく、ちょっぴりスリリングな自選50編。

─BOOKデータベースより─

この小説は、ある日突然に現れた直径一メートルぐらいの穴をめぐって展開する物語。

─要約─
台風一過のある晴れた日。ある村のはずれに小さく深い穴が見つかった。若者が「おーい でてこーい」と穴に向かって叫んだが、底からは何の反響もなかった。

彼は勢い良く小石を投げ込んだがやはり反響はなかった。その穴はとてつもなく深いようで、学者が調べてもその深さのほどは分からなかった。困った学者が「穴を埋めてしまいなさい」といったところに利権屋が現れた。


「おーい でてこーい」

利権屋は、仲間を使い都会で運動を行った。その結果、穴を原子炉のカスの廃棄場所とすることを官庁に認めさせることに成功し、原子力発電会社は争って契約した。

村人たちは心配したものの、数千年は絶対地上に害は出ない、と説明され、また利益の配分をもらうことで納得した。まもなく都会から村まで立派な道路が作られた。

やがてその穴には原発の廃棄物から、官庁の機密文書から、伝染病の実験に使われた動物の死骸から、あらゆるものが捨てられた。穴はいっぱいになる気配を示さなかった。穴は、捨てたいものは、なんでも飲み込んでくれた。

しかし、そんなある日、建築中の高いビルの上で作業員がひと休みしていたところ、頭の上から「おーい でてこーい」と叫ぶ声を聞いた。

次に小さな石が彼をかすめて落ちていった。しかし彼は、ますます美しくなってゆく都会のスカイラインをぼんやり眺めていたので、それには気が付かなかった。


ショートショートなので、この後の展開はもちろん書かれていないけれど、これで充分でしょう。

この物語、福島の原発事故を受けて話題になっているようです。地震から逃れられない国であり、廃棄のめども立たない放射性廃棄物を生み出すというのに、また原発が稼働します。

海が、この穴の役割を果たしていたころがありました。糞尿や産廃の海洋投棄、有害なものの川への垂れ流し。それはかつて公害を生みました。

「水俣病」「新潟水俣病」「イタイイタイ病」「四日市ぜん息」を始めとする四大公害病以外にも、カネミ油症などがあり、多くの人たちの人生を奪いました。

最近ニュースになっている、子宮頸(けい)がんワクチンを接種した若い女性らが全身の痛みなどを相次いで訴えている問題も深刻です。

人間の作りだしたものにパーフェクトなものはないのですね。

人類はいつになったら賢くなるのでしょう。


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YouTubeでこんなのを見つけました。

「おーい でてこーい」


バイクの無免許運転で捕まっているばかりではなく、松本清張ばかりを読んでいるわけでもなく、筒井康隆も読んだ。小松左京も読んだ。

映画化もされた、筒井康隆の「時をかける少女」も読んだ。

なかでも「家族百景」は面白かったと記憶している。

幸か不幸か生まれながらのテレパシーをもって、目の前の人の心をすべて読みとってしまう可愛いお手伝いさんの七瀬――彼女は転々として移り住む八軒の住人の心にふと忍び寄ってマイホームの虚偽を抉り出す。人間心理の深層に容赦なく光を当て、平凡な日常生活を営む小市民の猥雑な心の裏面を、コミカルな筆致で、ペーソスにまで昇華させた、恐ろしくも哀しい本である。
─紹介─


続編の「七瀬ふたたび」も面白かった。続編って、同じ主人公に巡り合えてうれしかったりするものなんだよね。

生れながらに人の心を読むことができる超能力者、美しきテレパス火田七瀬は、人に超能力者だと悟られるのを恐れて、お手伝いの仕事をやめ、旅に出る。その夜汽車の中で、生れてはじめて、同じテレパシーの能力を持った子供ノリオと出会う。その後、次々と異なる超能力の持主とめぐり会った七瀬は、彼らと共に、超能力者を抹殺しようとたくらむ暗黒組織と、血みどろの死闘を展開する。
─紹介─

ショートショートとくれば星新一だけど、一瞬で読み終わるので、続けて読んでいると疲れてしまうところがある。そう、すぐに終わるので切り上げ時を失うのだ。

そんななか、ひとつの物語に出会う。それは今も、心に残り続けている。
まるで、今の人類を見ているようでならない……。


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中学のころ、僕は推理小説にはまった。
そう、「人は必ず死ぬ」ことばかりを考えていたわけではない。

森村誠一は、ちょくちょく読んだ。松本清張などは、のめり込むようにほとんど読みつくした。「点と線」は二度読んだ記憶がある。中学生が読む本ではない気もするけど。



そして高校生になり、バイクにも乗った。
とはいえ、僕は免許を持っていなかった。コースを完ぺきに忘れてしまい、試験に落ちたからだ。

それ以降バイクの試験を受けに行ったことがなかった。そのころ取っていれば排気量関係なく乗れたのに、とも思ったりもするのだけれど。

先輩に借りて、スズキのGT500に、よく乗った。かなり音のうるさいバイクだった記憶がある。



「短き夢に」に書いたホンダのCB750Fourも違う先輩に借りて乗った。先にも書いたように、試験に落ちた僕だから、もちろん無免許で。
初めて乗ったときは、そのパワーに圧倒された。

このバイクは後ろにもよく乗った。いいバイクだった。



そして、なんの変哲もない、友人の90㏄のバイクを運転中に、パトカーに追跡されて捕まった。(苦笑)

─続く─


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僕は巻き藁を突いていた。
小学生のころかな?

ちなみに巻き藁って、気の杭に藁を巻き付けたもので、それに正拳突きをするんだよ。
今はもうサンドバッグオンリーで、巻き藁なんて使わないはずだけどね。

その時だったような気がするんだけど、人の記憶って変わっちゃうから、違う時かもしれない。
こんな言葉が降ってきたんだ。

「人はいつか、必ず死ぬ」

動きを止めた僕は怖さで震えたよ。天地がひっくり返るような恐怖だった。
それは自分が死ぬということではなくて、父と母もやがて死ぬという事実だった。そう、昨日までは、いや、ついさっきまで知らなかったこと。

死別の恐怖。

死というものに恐れおののいていた僕が家に入ると、父と母が何か話しながら笑っていた。

ああ、自分たちもやがて死ぬことを、この人たちは知らないんだ。だから笑っていられるんだ。
必ず死ぬとわかっていたら、笑えるはずなんてないんだから。

テーブルに座る父と母はまた笑っている。その父の表情を、僕は今も思い出せる。眼鏡に外の光が映り込んでいる。けれど、母はその映像では見えない。

教えないでおこう。あまりにもかわいそうだから。僕は二人の目を見ないように、何かを、うわの空で始めた。

そのとき、僕は死というものを自分の心の中にひっそりと収めた。
それは、僕だけが知っているおぞましい秘密のように思えた。

僕は十代のころから、変わってると言われることがあった。
世にスピリチュアルなんて言葉が入ってくる前から、僕は少し変わっていた。

それはただ、ほかの人たちとは、見つめているものが違っていただけだと思うのだけれど。

─続く─


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「脳死が人間の死であるかどうかは、残される俺たちの問題のような気がするんだ。そこでさ、よく考えてみよう。
本当の問題は、脳死の肉体では、もはや地上に存在しえないという母さんの魂なんじゃないかな。
生命維持装置という機械の力を借りて生き続ければ、爪も髪も伸びるそうだ。でもな、俺は思うんだ。それで母さんが生きていると言えるだろうかって。母さんは、それで満足だろうかって」

病院へ向かう道すがら、俺は思いを語った。俺たちのエゴを母さんに押し付けていいのかと。日南子も翔次郎もただ黙って聞いていた。

目を細め空を見上げた。またやってきたよ美紀子。お前と俺の大好きな、まばゆい夏が。



「日南子いいか」
赤子を抱いた日南子が静かに頷いた。

「翔次郎いいな」
目を閉じた翔次郎は、それとかすかに分かる程度に項垂れた。

「お願いします」俺は医師を見た。

「ほら、ばーばにさよならだよ」日南子の震える声がする。

お前に抱っこされたことなんて、この幼すぎる孫は忘れてしまう。お前は動くこともない、写真の中の遠い昔の人になる。確かに、俺の隣で生きていたのにな。人生ってむごいな。

人工心肺装置、急性血液浄化装置、人工呼吸器……。
お前の体から生命維持装置が外された。

「お母さん!」日南子と翔次郎の悲痛な声がする。

「旅立たれました」医師の声がした。
あえて臨終という言葉を使わなかった医師に感謝した。

嗚咽をこらえる正次郎の姿が見える。母の手を握り続ける日南子がいる。

思い返せば短かったな。まるで夢みたいだったな。今までありがとう。迷惑かけたな。苦労させたな。

俺はさ、まだお前の元に帰り着いていないんだよ。だって、最後に聞いたのは「いってらっしゃい」というお前の声だったから。
振り向けばよかったな。手を振ればよかった。
「おかえりなさい」という声を聞きたかった。

お前のいないこの世界を、俺はどう生きて行けばいいのだろう。このやるせなさをどこにぶつければいいのだろう。
美紀子、お前、早すぎたよ。

CB750FOURの、腹に響くエンジン音が聞こえる。風を感じる。背中にしがみつくお前の存在を感じる。
あの時俺たちは、確かに風になったんだよな。



絶対また会おうな。また二人でタンデムしような。その時まで、さよならだ。

再び巡り合った時は、俺を先に死なせてくれよな。
約束だからな。

─FIN─


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医師が口にしたあの世などというものが、本当に存在するのだろうか。死ななければ辿り着けない場所を、いったい誰が、どうやって証明するというのだ。まさしく、死人に口などないのだ。

死後の世界にかすかな望みをかけたい迷える自分と、それを安易に信じようとしない頑迷な自分がいる。それはまるでブランコのように、時にシーソーのように心を揺する。

自宅に戻った俺は、医師が貸してくれた本を開いた。



私がみなさんに問いかけたいのは、本書でご紹介する研究成果をもとに、「死後の生命や生まれ変わりを認めるとすれば、私たちの生き方がどのように変わっていくだろうか」ということです。
決して、「認めなさい」と無理強いするつもりはありません。
本書の目的は、否定したがる方々を説得することではなく、あくまでも、これらを認めることに迷いを感じていらっしゃる方々を勇気づけたり、すでにこれらのことを「信じて」、いらっしゃる方々に科学的情報を提供することによって、みなさんの人生を、大いに応援することにあるのです。

飯田史彦著
─生きがいの創造まえがきより─




会社に休みをもらっていた俺は、寝るのを惜しんで一気に読み通した。そして、医師の発した最後の言葉を反芻していた。

「白石さん、脳死からの生還などという話にすがらないでください。ネットを探せばいくつも出てくるでしょう。もしもそれが本当であったなら、脳死判定の誤りだったとしか考えられません。私の判定は間違いありません。

深い昏睡、瞳孔の散大と固定、脳幹反射の消失、平坦な脳波、自発呼吸の停止の5項目の確認を行い、6時間以上経過した後に同じ一連の検査をします。普通は2回です。けれど、私はさらに行いました。何をするかは聞かないでください。生きている人間なら耐えられないような痛みを感じる方法だからです。

なぜしつこくやったのかと問われれば、生きていてほしいと願ったからです。私は往生際の悪い男です。
だからこそ、自信をもって医者と名乗るのです」

医は仁術なり。仁愛の心を本とし、人を救ふを以て志とすべし。

診察室に掛けてあった貝原益軒の養生訓が目に浮かぶ。

美紀子、いいお医者さんに出会ったかもしれないね。答えは明日出すよ。俺に任せてくれるか?

あ、そうだ、今日セミの声を初めて聴いたよ。夏がやってくるね。お前のいない、夏が。

二人で神宮プールに行ったのは、ついこの間のような気がしてならないんだよ。ホンダのCB750FOURに乗ってさ。


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「白石さん、魂が肉体に宿るという言葉はご存知ですか?」
「はい、耳にしたことはあります。信じられませんけど」
医師は、それは仕方がないといわんばかりに、小さく何度も頷いた。

「私はね、魂というのは肉体より大きいと思っているんです」頭上から、両手で大きい半円を描いた。
「だから、心臓に宿っているわけでも、脳に宿っているわけでもないとね」

いったい何が言いたいのだろう。俺は眼鏡の奥で少し細まった医師の目を見つめ、はい、とだけ応えた。

「脳死からもう三日が過ぎました。奥様は今、行き場をなくしているのではないでしょうか。あの世に戻ることも、この世で生きることもできない状態にあると思えて、しかたがないのです」

だから早く殺せと言っているのか。俺は眉間を険しくして医師を見た。

「私は金儲けのために医者になったわけではありません。実家は貧しかったですけど、人の命を救いたいと思ってこの道を選んだのです。
医者になってからも、人の痛みの分かる人間であろうとしました。救えた命もありましたが、力及ばなかったこともありました。人はなぜ死ぬのだろうと、懊悩(おうのう)する日々を送りました。その問いはやがて、人はなぜ生まれ、なぜ生きてゆくのかというところにまで及びました」

目の前に座る白衣この人は、医師としてではなく、人として、今何かを伝えようとしている。
俺は険しい眉間を解いてゆっくりと頷いた。

「そんなときでした」医師は椅子を回し、デスクの下に手を伸ばした。
「この本に出合ったのです。どうぞ」
医師の差し出した本を、俺は手に取った。



「生きがいの創造、ですか」
「ご存知ですか」
「いえ」
「私が追い求めて得た答えの多くを、この本は肯定してくれました。やっと、私を理解してくれる本に出合ったのです。お貸ししますから、読んでみてください」


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「延命をしても長くは生きられません。例外的な長期脳死でない限り、一か月がいいところでしょう。そこが、植物状態とは違うところです。こんな時に申し上げるのもなんですが、脳死は人の死か、という論争が起きたのはご存知ですか」
俺は黙って頷いた。

「植物状態というのは、頭部の外傷や脳への血流停止などが原因で、大脳の働きが失われて意識が戻らない状態のことをいいます。けれど、呼吸や体温調節、血液循環などの生命維持に必要な脳幹は機能しているのです」

俺は話を促すためにだけ頷いた。入院患者だろうか、廊下を歩くスリッパの音がする。

「それに比べ、脳死は心臓以外は機能していません。臓器移植法改定案で、臓器移植に関してのみ脳死を人の死と認めることになりました。けれど、心臓死が社会通念としての死であった日本では、脳死を人の死とすることには大きな抵抗が今もあります」



はいと頷いたものの、医師の語りかける内容は頭に入ってはこなかった。

美紀子が助からない。美紀子が死ぬ? ありえない。あってはならないことだ。膝をグッと掴んだ。美紀子の異変を知らせる日南子からの電話も、昼下がりの夢だ。これは、現実ではない。

「しかし、脳死という状態が不可逆的である以上、明らかなる死なのです」
俺はぎゅっと目を閉じた。耳もふさいでしまいたかった。

「それになにより白石さん、私はあの世というものを信じています。次の扉を開けてあげることです」




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「残念ながら……」医師は沈痛な面持ちで首を振った。
「え? ど、どういうことですか?」俺は前のめりになった。診察室の丸椅子が少し滑り、ギッと音を立てた。

「奥様が目を覚ますことは、もうありません」
「嘘、ですよね」
俺の言葉を否定するように、医師は再び首を振った。音が消え、景色が遠のき、悪い夢の中に引きずり込まれてゆく。

「どういう……ことなんですか?」



「脳死です」
「のうし……」
意味が分からない。咀嚼(そしゃく)できない。飲み込むことができない。
「植物状態ということですか」

「白石さん、脳死と植物状態は全く別のものです。植物状態は脳の一部が生きています。けれど、脳死は脳自体が死んでしまったということです。脳の機能が完全に停止した状態です」

「でも、心臓は動いているんですよね」
「はい。心臓は脳からの神経経路すべてを断っても活動をすることができます。けれど、生きているとは……」

医師の眼鏡に俺のシルエットが映った。食いつかなければならない。この悪夢は覆さなければならない。

「助けてください!」
両手が伸びたが、白衣をつかむことはためらわれた。医師は憐れむように目を伏せた。
「どうか、助けてください……」俺は丸椅子から崩れるように降りて深く頭を下げた。

「もう一度言います」医師がすうっと息を吸った。「残念ながら、奥様の脳は機能を停止してしまったのです」

「回復の見込みはないのですか」
見上げた先の医師が手のひらで丸椅子を指し示した。

「白石さん、どうか座ってください」
医師に促されるままに、俺はよろよろと椅子に座った。


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昨夜帰ってテレビを点けたら、林修が出ていた。
「申し訳ございません、は誤り」とかテロップが出てる。



でも、「申し訳ございません」は接客用語にさえなっている。これをいまさら誤りと指摘されても、世の中が困るのではないだろうか。

番組が終わりかけで途中経過は全く見ていないのだけど、林修も完全に間違いと言えないような話だった。

けれど、厳しく判定するなら誤用になるんだろうね。

「申し訳ない」の「ない」は、有る無しの「ない」ではないからだけど。
正確に言おうとするなら「申し訳ないことです」とかかな?
ちょっと耳になじみがないですね。

「とんでもない」を「とんでもございません」と誤用をする人はほとんどいなくなった。昔はドラマなんかで平気で使っていた気がする。

これも同じく、この場合の「ない」も有る無しの「ない」ではないからね。
正しく使うなら。「とんでもないことです」だろうか。

似たようなものはたくさんある。

「めっそうもない」=とんでもない。あるべきことではない。

「みもふたもない」=露骨すぎて情緒もない。身も蓋も、ようは隠すものが何もないからですね。

「あられもない」=ありうべくもない。ありえない。あるはずがない。考えられない。これに「姿が」付いたら、もう興味津々ですね。

「にべもない」=愛想がない。取り付く島もない。

これらは正しく使われているみたいです。

他に何があったろう?
うん。あったあった。

「かたじけない」
武士か!


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