運命って変えられる? それとも変えられない?
そもそも運命って何だと思う?
なかなかうまく行かない事って多いよね。人生は思い通りには運ばないものなんだろうか? そんなものなのだろうか? ついついそんなことを思っちゃたりもするよね。
運命ってね、生まれる前に自分で描いてきたシナリオのことなんだ。
何歳で何をする、何歳でこうなるって事細かくシナリオを書いてくる人もいるし、大雑把にテーマだけを決めて生まれてくる人もいる。
大雑把な人も出会いだけは決めてくるみたいだね。だからこそ、地球の裏側に生まれようと、北海道と沖縄に生まれようと、愛媛と長崎に生まれようと、人は出会い、そして結ばれる。
人と人との出会いって、同じ会社にいようが隣町に住んでようが同じ町内に住んでいようが同じマンションに住んでいようが、ない時はないんだ。
だから運命の人・・・運命の赤い糸はあるんだね。
自分で描いてきたシナリオなら、何でこんなに苦しいんだろう? そう感じるよね。
もっと楽に生きたいって誰しも思うだろうね。自分が書いたシナリオだなんてありえない。馬鹿げてるって口元ひん曲げちゃうよね。
苦しいのには二つ理由があるんだ。
聞きたい?
そう、じゃあ教えてあげよう。
ひとつはね、この世は現実ではないと言うこと。分かりやすいたとえを使えば、僕たちは舞台に上がった役者のようなものなんだね。
レ・ミゼラブルは知ってるかな? ジャン・バルジャンみたいな人生を歩みたい? 1本のパンを盗んだために19年間の投獄生活を送るんだよ。しんどいよねぇ。
でも、役者さんならやりたがることは間違いないね。
王様より乞食。幸せに暮らしてる老夫婦より波瀾万丈の夫婦。後者の方が役者魂に火を点けないかい?
これがひとつ目の理由さ。苦しい人生を描いてきた人ほど魂の成長度は高いんだ。
そう、僕たちの本質は魂なんだ。
二つ目の理由を行くよ。
実はそのシナリオは無限に存在するんだね。行き着くところは一緒でも、自分の描いたシナリオより幸運な道を歩む人もいれば、不運な道を歩む人もいる。
ま、幸運不運という言い方が正しくないのはこの際無視してね。
それはなぜだか分かる?
人間の思考なんだよ。
僕たちはラジオ電波の受信器のようでもあり、送信機のようでもある存在なんだ。
ラジオを受信する時チューニングをするよね。
君の発する波動というか周波数というか・・・それが合ったものを受信するんだ。
君が暗い周波数を発していたら暗いラジオ放送が流れるよ。
君が明るい周波数を発していたら、とても楽しいラジオ放送を聞くことができる。それは間違いない。
だから、運命は変えられるんだ。
まあ、180度とは言わないけれど、できるだけ楽しい人生を歩みたいよね。
それにはどうすればいいかって?
簡単さ。君自身の周波数を変えること。ポジティブに考え、行動し、生きること。
今あるものに感謝すること。
君は知ってたっけ?
僕の母親はね、足が不自由だったんだ。普通に生きてきて、ある日突然、原因不明でどんどん足が不自由になっちゃったんだよ。
いま考えれば母もまだ若かった頃だ。でも、記憶に残る姿はもう杖をついてた。走り回り飛び回っていた人が、日に日に足の自由を奪われていったんだ。
わずか30代の母がこらえきれずに町中でおしっこを漏らしたことがあるんだよ。たったの数メートル先が、遙か彼方だったんだよ。幼い僕は日傘で必死に隠してあげた。
あの日の母を僕はいまだに覚えてる。今なら背負ってあげられたのにって、母の羞恥を悲しく思い出す。
君にこの感覚は分かるかな? ジャンプで届きそうな距離が遙か彼方なんて。
今あるものに感謝をしよう。ありがとうって何度も口にしてごらん。不幸中の幸いだったな、ラッキーだったなって考えてごらん。
君の周波数はきっと良いものに合っていくから。
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