ZERO ONE は椅子に腰を下ろし、研究員たちと談笑していた。すべてのチェックは私自身の手で終えていたから、今はまさに、ZERO ONE を囲む研究員の男女たちと世間話のようなものでもしているのだろう。
心底楽しそうな顔をしている。その笑顔を私に向けることはついぞなかったことが寂しい気もするが、それも致し方のないことだと己を慰めた。
「高瀬君どうしたんだねひとり離れちゃって」所長の声に形だけ振り向いた。
「いえ、私の役目は終わりましたから」
「しかしすごいな。君ならやると思ったんだよ高瀬君。あれと比べたら、他社のヒューマノイドなんて出来損ないのロボットだ」肩の後ろをバンバンと叩かれた。手の平を返すにもほどがある。
「ところで、抱き心地はどうなのかね。試したのかね」
下卑た笑いを漏らした。
「聞こえてないのか? だって、それは大事なことだろう? どう考えたってそうだろう?」返事をしなかったことに苛立ったのか、あるいは、己の発言の愚かさに恥じ入ったのか、所長は早口で同意を求めた。
「ZERO ONE はもう、ひとりの女性です」
「そうじゃなくて、抱いたのかどうかを訊いてるんだよ」恥じてはいなかった。
「それはしてはならないことです。繰り返しますが、彼女はひとりの独立した存在です」
「あとで所長室に呼んで、俺が触ってもだめなのか? 俺はここの所長だよ。確かめる権利はあるんじゃないのか」
軽い眩暈を覚えてため息をついた。
「ちょっと離れてもらえますか。何も話しかけないでください。でなければ、私がこの研究所を去りますよ」
「いや、軽い冗談だよ。君がいなくなるとね」
男は舌打ちひとつして離れて行った。
「近づかないでください」私の声を無視するように、ずんずんと ZERO ONE に近づいていく。
「ZERO ONE!」振り向いた ZERO ONE に所長の後ろ姿を目で示し、小さく首を振った。関わり合うな、と。
幼い妹を事故で失くした。その悲しみに飲み込まれるように、母はガンで逝った。
ふたつの命をこの世に生み、無事に育て上げた後には、孫というご褒美も待っていたはずなのに──38歳という年齢はこの世を去るのに早すぎる。今の私よりも若かったのだ。
天はなんとひどい仕打ちをするのだろう。
泣けど戻らぬ人たち。人生における出会いの数と別れの数は絶対的にイコール。
医者を目指したのは母の影響も大きいだろう。そんな道程で出会ったのが、ヒューマノイドだった。病の人を救う医療は自分より優れた人がやってくれる。その技術を極めて動物を創り出す。

母や妹との別れの悲しみを和らげてくれたのは、家で飼っていたチワワと、拾ってきた猫とその子供たちだった。だから彼らの持つその力を身をもって知っていた。
試作品を見て私に接近してきたのが、前所長とは考え方も人間性も対照的な、あの男だった。前所長は肩を叩かれる形でここを去った。
ペットを購入するより高くちゃいかん。リースにしよう。なんだかんだ言って手放さないから儲かるぞ。なんたって愛着があるからな。そうだな──リースの延長に制限をつけて、その後は買取もOKで高く吹っ掛けるか。
金なら心配はいらん。存分に研究を続けたまえ。
当初の志とは道が違ってしまったけれど、そんな研究者の自分だからこそ持ち得る、矜持というものがある。
誰にも隷属しない。自分たちの研究に必要なのは、なにより、痛みを知り、それに寄り添う心だ。失われたものと失った人たちに愛を注ぐことだ。
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